夏休みも近くなってきた七月。
 
太陽を味方につけた蝉は、いっそヤケクソなんじゃないかと思わせるぐらいに喧しく鳴きまくっていた。
 
鳴く為に産まれた。
 
ずっとずっと待っていた。
 
腐葉と土塊に囲まれて眠り続け。
 
気が狂いそうになるほど太陽に恋焦がれて。
 
やっと訪れた七年目の今夏。
 
鳴く為に産まれたから鳴くのか、鳴ける事が嬉しくて泣くのか。
 
たった一週間だけ地上の光を浴びて懸命に鳴き、夏の終わりを待たずに命を枯らす。
 
しかし悲しいかな、夏の盛りの暑気は人々の脳裏から蝉の儚さを消し去ってしまうのだった。
 
そしてただ思う。
 
喧しい、と。
 
 
人間の一生だって似たような物かもしれないのに。
 
いや、無駄に長い分だけ『懸命に鳴く』事すらできない奴等が多いのに。
 
人間はバカだから、すぐに忘れるんだ。
 
限られた時間を、限られているとも気付けずに朽ちていく。
 
そう言った意味では蝉の方が輝いた一生を送った事になるだろう。
 
自分がするべき事を見据え、長い時間を耐え忍び、燃え盛る太陽の下で命の限りに鳴く。
 
たとえそれが耐え忍んだ時間の何百分の一だろうとも。
 
なんの迷いも無く、悔やみもせず、ただ純粋に――― 
 
  
たったったったったったったっ
 
 
「おい――っすっ!」
 
「ぐあっ!」
 
 
ちょっとだけシリアスに考え事をしながら歩いていた俺の背中に、奇声と共に飛びついてくる謎の物体X。
 
しかもその物体は飛び付いただけでは飽き足らずに俺の首に腕を絡ませてきた。
 
そう、それはちょうど背中にぶら下がるように。
 
恐らくは全体重をもって俺の事を絞め殺す算段に違いない。
 
って言うか桜!
 
 
「固羅っ。 いきなり抱きついてくるんじゃないこの阿呆っ」
 
「いいじゃんか。 減るもんじゃないしさ」
 
「いい年の女子(おなご)が何を言うかっ」
 
「こーんなかわゆい女の子に抱きつかれて不機嫌になるなんて、あんた一体どういう神経してんの?」
 
「別に不機嫌な訳ではないが……ならお前はこのまま背中の感触を俺に楽しめというのか?」
 
「せなかのかんしょく?」
 
「ああ、背中に感じる二つの貧弱ながらも柔かい感触だ。 これを無視し続けれるほど俺は悟りを開いちゃいないぞ」
 
「なんだそんな事かって貧弱ゆーなっ」
 
「いやその前に『そんな事』ってお前」
 
「さっきも言ったじゃん、減るもんじゃないって」
 
「……そんなもんなのか?」
 
「別に誰にでもって訳じゃないよっ。 祐一だから平気なのだー」
 
「……っは、それは光栄ですね」
 
「ぜんっぜん嬉しそうじゃないね。 なに? あたしじゃ不満?」
 
「不満も何も、要は男として見られてないって事だろ? それをどう喜べと」
 
「はぁ……長生きするよアンタ」
 
「それは誉め言葉か?」
 
「ん? んふふっ、お好きなように」
 
「……その含み笑いが非常に気に「あぁ―――――っ!」
 
  
怒ってるんだか泣き出しそうなんだか判らない、俺たちの会話に突如乱入してくる幼声。
 
振り向けばやっぱりと言うか何と言うか、その声の持ち主は遥か後方からてけてけと走って接近中だった。
 
……が、非常にのろい。
 
本人は全力疾走のつもりなのだろうが、客観的に見ても見なくても唯の進行速度は『のろい』以外の何物でもなかった。
 
推察するに、どうやら運動神経は小学校低学年の辺りで成長を諦めたらしい。
 
ついでに言えば背も胸も。
 
全てにおいて中々に諦めの良い奴だとか思いながら、俺は桜を振りほどく事もせずにそのままの姿勢で唯の到着を待ち続けた。
 
息も絶え絶えになりながら、なんとか完走する唯。
 
もう少し呼吸を整えてからにすれば良いのに、その時間も惜しいんですと言わんばかりの勢いで唯は俺と桜に詰め寄ってきた。
  
 
「さ、桜ちゃ、あ、あい……な、なに、なにっ、をっ?」
 
「それは『桜ちゃん、相沢さんに何をしてるのっ?』って意訳して良いのかな?」
 
「(こくこくっ)」
 
「いきなり『おいーっす!』とか言いながらフライングボディアタックとチョークスリーパーの連携を喰らわせてきたんだ。 死ぬかと思った」
 
「誰がよっ。 爽やかな朝の挨拶をしただけじゃないのさー」
 
「いいか桜。 爽やかな朝の挨拶は人に飛びついたりしない」
 
「友情の証だよー。 まさか私だって無差別に抱きついたりはしないもん。 言ったでしょ? 祐一だから、って」
 
「む―――っ」
 
 
俺たちの会話を聞き、膨れっ面になりながら何事かを悩んでいる唯。
 
その表情は真剣そのものだった。
 
こんなに天気のいい日の朝に、何をそんなに真剣に悩んでいるのだろう。
 
ひょっとしたら、何かとてつもなく重要な事かもしれない。
 
そう俺が心配しかけた所で、唯が踵を返して俺たちから少し距離をおいた。
 
そしてポテポテと走り。 
 
 
とさっ
 
 
「お、おいっすぅ」
 
 
言いながら、俺の腕に抱きついてきた。
 
走ってきた所為ではなく明らかに照れで顔を真っ赤にしながら。
 
しかもどもりながら言っているので元気が良いんだか悪いんだか判らない。
  
どこまでも子供っぽく桜に張り合おうとする唯に、そんなに照れるぐらいならやらなきゃ良いのに、とは勿論言わなかった。
 
言えなかった。 
 
バカみたいに可愛い唯の仕草に、殆どまともに声も出せなかった。
 
  
「……おら、アホな事やってないで学校行くぞ」
 
「わっ、祐一が自分から学校に行こうとしてる」
 
「ほぇー、真面目になっちゃったんですかねぇ」
 
「唯っ、傘! 早く家に帰って傘を取ってこないとっ」
 
「はぇ? なんで?」
 
「祐一が進んで学校に行くなんて言い出したんだよ? もしかしたら雨じゃなくて槍が降るかも……」
 
「そ、それは危険です! って、傘じゃ槍は防げないんじゃないかなぁ」
 
「……お前ら二人とも帰れ」
  
 
ろくな突っ込みも入れないまま、俺はその場を後にした。
 
そんなに俺が学校に行こうとしてるのが珍しいかよ。
 
ったく……
  
 
「はわっ。 あ、相沢さんが拗ねちゃいましたぁ」
 
「こんな事で拗ねるなんてがきっぽいよー」
 
 
無視無視
 
 
「おーい、祐一ったらー」
 
「相沢さーん」
 
 
無視無視
 
 
「しょうがない、こうなったら最終手段だ」
 
「ふぇ? 最終手段って? って言うか何で私の手を握ってるの? 桜ちゃん?」
 
 
無視無視
 
 
「草薙桜必殺っ! 観空唯特攻爆弾アタックっ!」
 
「ひ、ひえぇぇぇ――――っ!」
 
 
無視無どがっ!
 
 
「うがぁっ!」
 
 
思いっきり背中に『何か』がぶつかる衝撃。
 
ぶつかった『何か』が軽いから助かったが、それなりの重量の物だったらかなり痛い一撃だった。
 
って言うか死ねる。
 
あまりの狼藉に無視を決め込む訳にもいかず、俺は振り返って自身の背中に加えられた衝撃の正体を確かめた。
 
と、そこには―――
 
  
「………」
 
「きゅぅ〜……」
 
  
目を回しながらくてっとしている唯。
 
微妙に鼻も赤かった。
 
どうやら桜に振り回された挙句に俺の方へと投げ飛ばされたらしい。
 
 
「桜。 お前は仮にも『親友』をこんな無下に扱うのか?」
 
「うんにゃ? 唯がそうして欲しそうだったからそうしたまでだよ?」
 
 
さっきの事を言っているのだろうか。
 
照れながらも必死になって俺の腕にしがみついてきた唯。
 
なるほど、親友としての心憎い演出という訳か。
 
これなら不可抗力と云う形をもって唯が俺に抱きつけると。
 
だがしかし……
 
未だ目を回しながらふにゃーっとなっている唯の結い髪の片方を持ち、くいっと引っ張る。
 
 
「……これが?」
 
「あー、いや、ちょっとやりすぎたかも」
 
「ちょっとじゃ…ないよぉー……」
  
 
俺が持っている結い髪にぶら下げられたような状態のまま、ふらふらしながら抗議の声を上げる唯。
 
だが、その腕はしっかりと俺の制服を掴んだままだった。
 
恥かしくもあり、さりとて振り解く気にもなれず。
 
結果として、俺は腕に唯をくっつけたまま登校した。
 
引きずられるような形で俺についてくる唯。
 
それを隣で楽しそうに眺めている桜。
 
苦笑しながらもこの時間を楽しいと思っている俺。
 
三人で居る時間は、いつもこんな感じだった。
  
 
こんな時間が、いつまでも続くと思っていた………
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
Stand by Me 〜 Another story 〜
 
 
その10 『過ぎていく季節の中で』
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
夏休み。
 
俺達は毎日のように顔を突き合わせては暑さに辟易していた。
 
一緒にやるつもりで持ってこられた夏休みの宿題は、三人が揃った瞬間にその存在を忘れ去られていた。
 
テーブルの上には、すっかり氷が溶けて汗だくのグラス。
 
滴る水滴が夏を眩しく反射させていた。
 
 
公営のプールに行った。
 
俺は人前で服を脱ぐのは嫌っていた。
 
同世代の人間とは明らかに違う、痕だらけの身体。
 
人を打ち据える為だけに鍛えられた力の象徴。
 
異端である事は既に俺にとって恐れるべき事となっていた。
 
でも。
  
唯と桜が一緒にいてくれるこの時だけは、何の抵抗もなかった。
 
自分でも不思議なくらい自然に水着姿になれた。
 
男の着替えなんて早いもので、どんなにゆっくり着替えても結局は女性陣の到着を待つ羽目になる。
 
ただ待っているのも暇なので、俺は一足先に大きな水の中へと飛び込んだ。
 
水の冷たさにより、暑さでだれた身体に生気が戻る。
 
ふとプールサイドを見ると、誰かを探しているらしき二つの影があった。
 
俺がすぐ近くまで行っても、目の前をウロウロしても、気付く様子がない。
 
声を掛けてようやく気付いてもらえたのだが、どうやら前髪を上げている俺は普段の俺とはまったくイメージが違うらしかった。
 
体育の授業は男女別の為、初めて見る二人の水着姿。
 
スクール水着と競泳用の水着。
 
どっちがどっちなんて、言うまでもなかった。
 
「どう? セクシー?」とか訊いてくる桜に、俺は思ったままを率直に伝えた。
 
飾らない、本当の気持ちを伝えた。
 
初めて見る桜の水着姿に俺が抱いた、何よりも素直な思い。
 
「貧乳」
 
直後、プールサイドからのフライングネックブリーカードロップを喰らった。
 
首が取れるかと思った。
 
ゲホゲホと水を吐きながらふと唯を見ると、足だけを水に浸してピチャピチャやっていた。
 
0.5秒で判るその態度。
 
唯はカナズチだ。
 
瞬間的に俺の中の小悪魔が声高らかに嘲り笑い、次の瞬間にはもう俺の手は唯の足を引っ掴んで水中に引きずり込んでいた。
 
1.5mぐらいの深さしかないプールだが、唯にとっては致命的とも言える。
 
あまりにも小さな身体は簡単に水の中に隠れてしまっていた。
 
完全にパニックを起こし、何処にそんな力が潜んでいたのかって位の力で俺の首筋にしがみついてくる唯。
 
まったく無きに等しく数学界ではゼロとして扱われても文句は言えないが、一応は女の娘である唯の胸の柔かさに一瞬だけ理性の危機を感じた。
 
だが、その直後に桜のミサイルキックが炸裂し、理性を失うよりも先に意識が無くなった。
 
良かったのか悪かったのかは未だに判っていない。 
 
 
夏祭り。
 
人込みの嫌いな俺は行く事を拒んだが、気が付けば二人に手を引かれて神社に赴いていた。
 
思うにあれは強制連行と言うのではないだろうか。
 
もとい、俺の了承も取らないうちに浴衣に着替えて家庭訪問をされたんじゃ断る訳にもいかなかった。
 
淡い水色に朝顔が透かされた唯の浴衣。
 
緋色の地に青紫の菖蒲が映える桜の浴衣。
 
見た瞬間、普段とはまったく違った二人の姿に不覚にも目を奪われた。
 
金魚すくい、射的、綿あめ、たこ焼き、輪投げ、チョコバナナ、etc etc
 
およそ祭りで連想される全ての物はやり尽くした。
 
神社の境内で腰をおろした俺達は、定番であるラムネを飲みながら色んな事を話した。
 
クラスの奴等と仲良くなれとか説教を喰らったりした。
 
当然、『ヤダ』の一言の元に却下した。
 
いくら話しても、言の葉は尽きる事は無かった。
 
熱気に火照る肌。
 
薄い唇に挿された紅。
 
祭提灯がぼんやり照らす二人の親友。
 
星空の下、道中に響く下駄の音が印象的だった。
 
 
花火。
 
河川敷から打ち上げられた大輪の華の下、俺達は手持ちの小さな花火に興じた。
 
ねずみ花火から逃げ回る少女の可愛さに思わず心を奪われ、そして少女の親友に茶化されて正気に戻る。
 
全てを見透かされたようで妙に気恥ずかしかった。
 
空の華が散り、夜が元の宵闇を取り戻す頃。
 
俺達はお約束通りに線香花火で幕を閉じた。
 
何度やってもすぐに火玉を落としてしまう不器用な少女が、少しだけしょげる。
 
親友に背中をつつかれて、恐らくはぎこちなかっただろうけど、俺は少女を背中から包み込む様にしてその手の線香花火を一緒に支えた。
 
サラサラと響く音。
 
二人で一つの華咲かす。
  
その時は線香花火の儚さになんて気がつかなかった。
 
ただただ、綺麗だとしか思えなかった。
 
 
そして夏休みが終わる頃、宿題の山を手にして半泣きの唯が俺の家に来たりした。
 
 
秋。
 
木々の葉が赤く染まる頃。
 
俺たちの学校では体育祭が開催された。
 
体育祭って言うか球技大会。
 
当山の如く俺はサボる、予定だった。
 
だのに気が付けば殆ど全ての競技にエントリーされていた。
 
どうやら選手決めのLHRの時に寝ていたのが致命的だったらしい。
 
更に言わせてもらえば、桜と唯が『相沢君を推薦します』とか寝言をほざいた所為らしい。
 
ちなみにエントリーを知った後、俺は一瞬だけ鬼になる事をも辞さなかった。
 
今ではすっかり裏の面となった夜叉の顔を全面的に解放して学級委員のひょろメガネを脅す。
 
たとえ悪人だと言われても、体育祭の間中走り回る事態だけは絶対に避けたい。
 
そう思った俺は、不良にするよりも激しい脅しをかけた。
 
もっとも暴力だけは振るわなかったが。
 
だがそれでも泣きそうになる学級委員。
 
『後一押しでどうにかなる』、と思った瞬間。
 
桜に後ろからどつかれた。
 
かなり激しくどつかれた。
 
そして放課後、誰もいない教室で唯と桜にステレオでお説教された。
 
軽く一時間は超えていたと思われる。
 
 
体育祭当日、やっぱりサボった。
 
どの競技だって補欠の一人ぐらいは決めているものなので、サボったところで罪悪感などは皆無。
 
俺は一人屋上で寝ていた。
 
誰にも見つからないと思っていたその場所は、唯にあっさりと見つけられた。
 
競技はどうしたと訊いてみれば、運動神経皆無の唯はどうやらあまり多くの競技には参加していないそうで。
 
要約すれば暇だと言う事だった。
 
反対に運動神経抜群の桜は大忙しらしい。
 
なので、『相沢祐一捜索部隊』は唯だけになったらしい。
 
桜じゃなくて本当に良かった。
 
奴が俺を見つけた場合、唯とは真逆の対応で競技に引っ張り出そうとするに違いない。
 
とは言うものの、俺が競技に出ない事は唯にとってもかなりご不満な様子だった。
 
でも、俺には判っていた。
 
球技ってのは所詮団体競技。
 
団体競技ならば俺の出る幕じゃない。
 
不良の俺がチームにいることで彼らのチームワークがボロボロになるのは、見ていて楽しいもんじゃない。
 
『誰か』に気を遣いながらやる球技なんて、楽しい訳が無いんだ。
 
仲の良い奴らで楽しくやるがいいさ。
 
寝転がり、空を見上げながら俺はそんな事を思った。
 
隣りでは俺を連れ戻す事を諦めた唯も一緒になって寝ていた。
 
いつかもあったような光景に懐かしさを覚える。
 
結局丸一日寝ていた俺たちは、鬼の形相の桜にメチャクチャ怒られた。
 
般若の面が女性だという事を妙に納得させられた一日だった。
 
 
もう一つの秋の学校行事、文化祭。
 
俺に言わせれば『暇』の一言で終わってしまう行事だった。
  
学級創作物なんて物に興味が無く、そもそも教師に押し付けられた『文化』になんて微塵も興味が持てない。
 
放課後に学校に残って一生懸命に自己満足作業を続けてなんかもいられなかったし、周りの奴等も俺を参加させようとはしなかった。
 
まぁ精々頑張って素敵な思い出作りをしてくれ。
 
なんて事を思いながら、四時には既に家に帰ってTVを見ていた。
 
七時頃に不意に鳴る電話。
 
何の気無しに出た瞬間、俺の鼓膜が破壊されるほどの怒鳴り声が聞こえてきた。
  
その背後からはおろおろしている事が手に取る様に判る頼りなさげな声。
 
確認するまでもなく唯と桜だった。
 
内容を要約すると、『少しは手伝いなさいこのバカっ!』と『夜の帰り道は怖いですよぅ』だった。
 
しょうがない、と言いながらも笑みを隠せずに学校に赴く。
 
着いた時に目に入ったものは、楽しそうに作業をしている自分のクラスの奴等だった。
 
学校に居残りなんて楽しい筈がないのに、普段は行くのすらダルがってるような場所なのに。
 
みんな、楽しそうな顔をしていた。
 
当然の事ながら、俺はその輪の中には入らない。
 
入れない。
 
目には見えない境界線の存在を感じた俺は来た道を引き返し、自販機でジュースを買い漁った。
 
財布の中の小銭が全て消えるまで。
 
両手じゃ持てなくなるくらいまで。
 
半ばヤケになって買い続けた。
 
サボった事に対する罪滅ぼしがしたかった訳じゃない。
 
陳腐な手土産を持って仲間に入れてもらおうとした訳でもない。
 
ただ、何かをしてやりたい気持ちになった。
 
教室の前に無言でジュースの束を置き、悟られないようにその場を後にする。
 
誰の差し入れかなんてのは判らないはず。
 
教える必要も無い。
 
恩を売る気も無い。
 
しかし、唯と桜にはしっかりとバレていた。
 
校門に寄り掛かって待っていた俺の姿を見るなり、二人揃ってぺこっと頭を下げて『ごちそーさまでしたっ』だもんな。
 
これにはホント、まいった。
 
当日は、やっぱりサボる予定だった。
 
合唱部や演劇部の舞台発表には無関心だし、クラス展示に興味を引く物も無い。
 
って思ってたら、やっぱり強制的に連れ出された。
 
さして興味の無い物ばかりだったが、三人で見て回った文化祭はそれなりに楽しかった。
 
 
冬。
 
雪の降らないこの街にも冬はやってくる。
 
すっかり葉を落としてしまった桜の木を見ながら、二人で公園傍の遊歩道を歩いた。
 
枯れてしまったような木を見て、少女が「さみしいですね」と呟いた。
 
隣を歩く男は「そんな事はない」と答えた。
 
「どうしてですか?」と少女が問う。
 
「春にはまた花を咲かせてくれるから、今の姿はそのための準備だと考えればいい」男はそう答えた。
 
少女は「そっかぁ」と言って納得した。
 
男も「そうだよ」と言った。
 
「花が咲いたら……」少女がはにかみながら何かを小さく呟いた。
 
「ん?」聞き取れなかった男は思わず訊き返した。
 
少女は男の少し先まで走り、くるっと後ろを振り返りながら「花が咲いたら一緒にお花見しましょうねぇ」と言った。
 
人ごみが嫌いで、酔っ払いも嫌いで、何よりも人と馴れ合う事が大嫌いな男は、こう答えた。
  
「おうっ」、と。
 
 
今年の正月も親父は帰ってこなかった。
 
なるほど忙しいと言うのは嘘ではないらしい。
 
だが紅白も見ずにベッドにもぐりこんだ俺にとって、元日は普段と変わらない一日でしかなかった。
 
何がめでたいのか判らない。
 
何か特別な事があるわけでもないのに。
 
そう思っていた。
 
今日もまた普段通りの一日だと思っていた。
 
寝癖のついた頭のまま階下に降り、リビングに置かれていた重箱を見つけるまでは。
 
母さんが置いていったと思われる『それ』はテーブルの上に鎮座していた。
 
そしてそれに挟まれていたメモ用紙。
 
『風邪に気をつけて生活―――』
 
俺は最後までそれを読む事はしなかった。
 
取って付けたようなその行為が無性にむかついて、俺は重箱をゴミ箱に投げ捨てた。
 
こんな物はいらない。
 
俺が欲しいのはこんな物じゃない。
 
家族団欒に憧れていた訳じゃないし、この歳になってまで母親に甘えたい訳でもないが。
 
一緒に飯を食ってくれるなら、俺はカップラーメンだって構わなかった。
 
申し訳程度の愛情なんか要らない。
 
どうせ深く関わりを持てないのなら、初めから何の干渉もしないでほしい。
 
こんな……くだらない事を書いている暇があるのなら、一声を掛けるくらいの事が何故……
 
  
朝っぱらから極端に不機嫌な俺。
 
それを打ち壊したのは、またしても二人の親友だった。
 
何の約束も無しに表れては俺を笑顔に導く、愛すべき無礼者。
 
いきなり晴れ着で家を訪問された日には、どんなにそれまでが不機嫌だろうが外出を断る文句が見つけられなかった。
 
確か夏にもそんな事があった気がする。
 
面倒臭いなーとか言いながらも、腰を上げる自分が居た。
 
初詣に行った俺たちは、お約束通りおみくじを引いた。
 
神なんて欠片も信じてないくせに、ドキドキしながら紙切れを開いていく。
 
ふと、こんな事に一喜一憂している自分に苦笑した。
 
苦笑しながらも、楽しければそれで良いや、と思える自分がいた。
 
結果は三人とも大吉。
 
今年一年も楽しい日常が繰り広げられていくんだろう。
 
その事に何の疑いも持たなかった。
 
こんなにも頼りない紙切れに記された自分の運勢なんかを、無条件に信じていられた。
 
 
 
 
何の確信もないのに、この日常が壊れないなんてどうして思えたんだろう
 
誰も保証してくれた訳じゃないのに、どうして信じていられたんだろう
 
 
きっとそれは毎日が楽しかったから
 
何もかもが楽しくてしょうがない、そんな毎日を過ごしていたから
 
ただ隣で笑っている小さな少女の事だけを考えていられた
 
ずっと傍にいてくれるのが当たり前だと思っていた
 
その事に何の疑いも持たなかった
 
持てなかった
 
笑って暮らせると思っていた
 
これからもずっと笑って暮らしていけると思っていた
 
離れる事なんて考えられなかった
 
失う事なんて想像する事も出来なかった
 
ずっと一緒に生きていける
 
俺たちはずっと一緒に生きていくんだ
 
漠然と
 
ただ漠然と俺はそう思ってい 
 
目の前にある笑顔と
  
目の前にいる小さな奴が
 
あまりにも可愛く、愛しい存在だったから
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
イナクナルナンテ オモッテモミナカッタ
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
To be continued . . . . . . .