「こ、混んでます……」
 
「見りゃ判る」
 
 
今年度初営業のくせに、と言うか初営業だからかもしれんが、学食は異様に混んでいた。
 
其処彼処から聞こえてくる、怒声にも似た喧騒。
 
その人員の殆どが、靴の色から判断して三年生の様だ。
 
それもその筈。
 
新学期早々に学食の中を我が物顔に闊歩できる奴なんて、常連の三年以外には居ないだろう。
 
ま、そんな中に突貫する下級生も居るがな。
 
言うまでもない、俺と朝の少女だ。
 
 
無事に四時間目までの授業を終え、HRも恙無く終えた俺は、教科書類の全てを机の中に放置して学食への第一歩を踏み出した。
 
三分前に担任教師らしき奴が「置き勉はしないように」とか言っていたが、当然の如く無視。
 
今の俺にそんな猶予は無い。
 
購買でも学食でも古代戦争史でも、勝敗を決するのは速度だ。
 
歩兵の進行速度、情報の伝達速度、指揮官の判断速度。
 
そして、授業終了から学食ダッシュまでのロスタイムの少なさと、実際に走り出してからの速度。
 
もたもたしてると席と食券が無くなってしまう。
 
それは即ち、俺にとっての負けを意味する。
 
切ないぞ、学食まで走って行ったのに食券が売り切れだったりするのは。
 
そんな事態に陥らない為にも、俺は走らねばならん。
 
一刻も早く、走り出さねばならん!
 
 
「…………」
 
「ご、ごめんなさい。 ごめんなさい」
 
 
リュックに入りきらない教科書と格闘している少女が、目の前に無言で佇む俺に向かって一生懸命に謝っていた。
 
しかも涙目だった。
 
どうやら俺が怒っているものと勘違いしているらしい。
 
いや、そりゃポケットに手を突っ込んだまま憮然としてたら怒ってると思われても無理ないんだが。
 
俺としては、謝るよりも速く帰り支度を整えて欲しい。
 
かと言ってその旨を伝えたとしても、どうせ今以上に萎縮してしまうと思うから言わなかった。
 
 
結局、出遅れたとだけ言っておく。
 
 
 
 
 
 
で、出遅れた所為で異常に込み合っている学食の前で佇んでいる訳だが。
 
正直、あの中に入りたくはない。
 
だが、腹は減っている。
 
文字通り背に腹は代えられない状態なので、突貫を決意したが。
 
そう言えば俺はまだこの少女の名前すら知らない。
 
名前も知らないような女の娘に昼飯を奢らせようとしている俺って、ひょっとして鬼か?
 
軽い疑問が俺の頭を通り過ぎた。
 
いやっ、ここで認めてしまっては俺の負けだっ!!
 
無駄な意地を張りつつ、自分が鬼である事を否定する。
 
ふと隣を見てみると、何やら緊張の面持ちで学食の喧騒をじっと見つめている少女が居た。
 
その表情からは、戸惑いと恐怖が半々ずつ感じられる。
 
どうやらこの少女は今日が学食デビューのようだ。
 
ふっ、俺が初めての男か。
 
またも無駄な事を考えてみる。
 
響きだけ聞いてれば少しえっちだ。
 
もっとも『初めて』というのは『初めて学食に一緒に行った』という意味である。
 
いや、そんなくだらない事はどうだって良いのだ。
 
呆けている内にもどんどん食券は減っている。
 
くそう、俺の昼飯っ!
 
既に学食に慣れている俺は戸惑う少女を置いて、さっさと食券売り場のおばちゃんの所に赴いた。 
 
 
「あっ……待って下さいよぅ」
 
 
その台詞と共に、俺の前進を阻む負荷が後ろから掛かる。
 
何事かと思って振り向くと、少女が人波に流されないように俺の制服の裾を掴みながら必死で付いて来ていた。
 
って言うか、伸びるからやめてくれ。
 
だが、その言葉を言う前に少女の手が俺の制服から離された。
 
 
「はぅ………ちょ……通してくださ………」
 
 
そして、情けないその声がどんどん遠ざかっていく。
 
どうやら帰りの人波に飲み込まれてしまったようだ。
 
背が小さい為に、人並みに呑まれるとまったく存在が判らなくなってしまう。
 
まったく……世話の焼ける奴だ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
Stand by Me 〜 Anothe story 〜
 
 
その3 『変な人同士』
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「はぁっ………はぐれちゃいました」
 
 
学食の入り口で困り果てている少女を、僕は見た。
 
自分でも言っているように、連れの者と逸れてしまっている様だ。
 
結い髪とぶかぶかの制服、そして握り締めた財布が愛らしい。
 
思わず助けてあげたくなるようなオーラを纏っている少女だった。
 
勿論、困っている少女に声を掛けるほど、僕は異性関係に明るくない。
 
結局は傍観するしかなかった。
 
 
と、そこに歩み寄る一人の男が居た。
 
何か優しい言葉でも掛けてあげるのだろうか………
 
 
「何やってんだバカ」
 
「は、はぅっ」
 
「おら、早くしないと食券が売り切れちまうぞ」
 
「あ……すいません………」
 
「謝るなアホ。 俺が苛めてるみたいだろ」
 
「ア、アホですかぁ……」
 
 
ちっとも優しくなかった。
 
だがそれでも、声を掛けられた少女の方は少しだけ嬉しそうに男の後に付いていった。
 
まったく不思議な関係もあったもんだ―――――(2-C 芦屋君の証言)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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「さてと、何を頼もうかなー」
 
 
食券売り場の前で鼻歌まじりでメニューを物色する俺が居た。
 
何しろ今日は予算の心配が無い。
 
この心理的安心感は、自分で自分を食わせている奴にしか判らないだろう。
 
まぁ普通の学生だって奢りは嬉しいものなのだろうが。
 
む、俺を呼ぶのは日替わり丼か?
 
それともラーメンセット(ラーメンとおにぎりを単品で買うだけ)か?
 
ふっふっふ、やはり奢りと言うのは素晴らしい!
 
と、多少オーバーヒート気味の思考を持て余していた俺は、何処からか変なオーラを感じて我に帰った。
 
ふと横を見ると、何かを心配するような目で俺を見上げる少女がいた。
 
 
「ん? 何か用か?」
 
「あの……あんまり高い物は勘弁してください………お小遣い……その……ぴんちなんで……」
 
 
とても言いにくそうに話す。
 
だが、その瞳は真面目だった。
 
真面目に、お小遣いの残りを心配していた。
 
どうやら『お小遣いぴんち』は本当の事らしい。
 
ああ、確かに中学生の平均的な小遣いじゃな。
 
誰かに奢るなんてのはおいそれと出来る事じゃないだろう。
 
暫しの思案の後、俺は食券係りのおばちゃんにこう言った。
 
 
「Aランチ一つ、大盛りでよろしくっ!」
 
「はいよっ」
 
「あの………Aランチっていくらですか?」
 
「ん? ここの学食で一番高い食べ物だ。 しかも大盛りで50円増しだ」
 
「はうぅー……高いのは勘弁してって言ったのにぃ……」
 
 
泣きそうになりながら財布を開く。
 
いくら入ってるのかは知らないが、とりあえずピンク色の財布だった。
 
うむ、とても女の子らしい。
 
ま、一番高いと言っても所詮学食なので500円でお釣りが来るんだがな。
 
俺は金を払うべく財布の中身と格闘中の少女を置いて、厨房の方へと向かった。
 
 
「Aランチ特盛りでっ!!」
 
「はいよっ」
 
 
ちなみに特盛りとはほんの冗談で、量は大盛りと変わらない。
 
さらに言えば、食券を出す際に厨房に声を掛ける必要もない。
 
だが、ここの厨房のおばちゃんの体育会系のノリが案外好きな俺は、注文をする度にこうやって声を掛けているのだ。
 
それに対しておばちゃんの方も、景気良く声を返してくれる。
 
人と馴れ合うのは嫌いな俺だが、掛けた声に返事が返って来るのはなかなか好きな雰囲気だった。
 
 
食券を出し終えた俺は、二人分のテーブルを確保すべく辺りを見回した。
 
丁度四人がけのテーブルが空いたので、すかさずそこに陣取る。
 
無論、他の奴の相席を許す訳が無い。
 
俺は広々とした環境が好きなのだ。
 
多分に我侭だと批判を喰らいそうな考え方ではあるが、相席を申し出る奴が居なければ何の問題も無いだろう。
 
そして、この学校で俺と相席になろうとする奴なんて居ない。
 
断言できる辺りが人としてどうなのかとも思ったが、取り敢えず気にしない事にした。
 
 
しばらくすると食券を握り締めたままの少女が俺の前に現れた。
 
一つ訊きたいのだが、何故食券を買うだけでそこまで疲れ切っているんだ?
 
 
「これってどうすれば良いんですか?」
 
「ん? 厨房のカウンターに叩き付けて来れば良いんだ。 その際に『速くしろよこのうすのろが!』と言ってやると効果的だ」
 
「……普通に置いて来ても良いんですか?」
 
「………好きにしろ」
 
 
「はい」っと返事をして、とてとて厨房の方に歩いていく。
 
まさか冗談を素で返されるとは思わなかった。
 
改めてその背中を見ると、やはり背が小さい。
 
見ようによっては小学生でも通用するかもしれないな。
 
って言うかまず、要領が悪い。
 
もっと人の流れを読んで動けよな。
 
ああ、また押し戻されてやがる。
 
ん?
 
違う違う、そこは食券を置く人の列じゃない、注文の品を受け取る奴等の列だ!!
 
…………そう、そこは違うんだ。
 
今ごろ気付いたか、アホ。
 
…………はぁ、今度は帰りの人の流れに巻き込まれてやがる。
 
あー、流されてく流されてく。
 
そっちは出口だぞー。
 
あ、消えた………む、戻ってきた。
 
もみくちゃにされてボロボロじゃないか。
 
しかもまた泣きそうになってるし。
 
………ったく、しょうがない奴だな。
 
 
俺は目印にすべく制服の上を脱ぎ捨て、テーブルの上に置いて席を立った。
 
これで他の奴に場所を取られる事も無いだろう。
 
席を見てよしっと頷き、泣きそうになっている少女の元へと向かった。
 
多少呆れながら。
 
 
「何やってんだお前」
 
「はぅっ………前に進めないんですよぅ」
 
「お前はあそこのテーブルに座ってろ。 俺がお前の分も取ってきてやる」
 
「え………あ………ど、どうも……」
 
 
少女から食券を受け取り、厨房へと向かう。
 
熟練者の俺にとっては、この程度の人波など何て事は無い。
 
するすると間を抜け、時には邪魔な奴を押しのけ、実にあっさりと厨房の真ん前に出る。
 
忙しそうなおばちゃんを眺め、ふと手の中の食券を見てみると、それはAランチの食券だった。
 
お小遣いぴんちとか言って実はお金持ちか? あの小娘。
 
小さい疑問が頭を翳めたが、どうでもいい事なので放って置く事にした。
 
 
「おばちゃん、Aランチ普通盛りの奴っ!」
 
「あら? アンタ二つも食べるのかい?」
 
「いや、俺のじゃないんだなコレが」
 
「あそこに待たせてるちっちゃい女の娘の分かい? 隅に置けないねぇ」
 
「む……どうでも良いが腹が減った。 早くしてくれ。」
 
「はいよっ、Aランチ特盛りと普通のお待ちっ」
 
 
軽口を叩きつつ、目の前にトレイが二つ置かれた。
 
今日のAランチはカレーピラフとエビフライ、コンソメスープにサラダにカルボナーラか。
 
デザートにプリンまで付いてる。
 
す、素晴らしい!!
 
さすがだぜ学食。
 
ビバ!
 
 
未だ興奮冷め遣らぬ状態だが、何時までも感心していてもしょうがない。
 
両手にトレイを持って人波を掻き分け、少女が座っている席へと急ぐ。
 
が、込み合ったこの状況で二つのトレイを運ぶのは非常に危険な状態だった。
 
一つ間違ったらせっかくのAランチが床にぶち撒けられてしまう。
 
だが、あまり時間を掛けていてもAランチが冷めてしまう。
 
つまりアレか、慎重且つ迅速な行動が求められて居る訳か。
 
社会に出てもっとも必要とされる行為を、まさか学食でAランチを運ぶ為に拾得するとは思わなんだ。
 
途中に邪魔な奴がいたので、呪い殺すような目つきで睨んだら避けてくれた。
 
うむ、人間話せば判るもんだ。
 
話してない気もするが、気にしないでおこう。
 
気にしたら負けだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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「ヘイお待ち」
 
「わ……ありがとうございます」
 
 
テーブルの上に二人分のAランチを置く。
 
それと同時に、ちょっとした疑問が頭に浮かんだ。
 
俺の分の大盛りは文句無しに大盛りだった。
 
うむ、これなら俺の胃袋も満たされるだろう。
 
だが、それに並んでいる少女の分の普通盛りはどう見ても大盛りよりも量が多い。
 
一瞬どっちが大盛りか判らなかった。
 
普通に考えれば量が多いほうが大盛りなのだが、これは明らかにおかしかった。
 
普通盛りならばエビフライが二本、大盛りでも三本なのだ。
 
だが目の前に置かれている片方のトレイにはエビフライが四本乗っている。
 
カレーピラフも、文字通り山盛りになっている。
 
所謂『日本昔話盛り』だ。
 
俺も生まれてから十三年経つが、初めて見たぞ。
 
 
「………量……多いですね」
 
「ああ……多いな」
 
 
ピラフの山を見ながら二人で固まっていると、厨房の方から例の体育会系のおばちゃんの声が聞こえてきた。
 
 
「そっちのちっちゃい子ー。 ちゃんといっぱい食べないと、大きくなれないよー!!」
 
「………だ、そうだ」
 
「………だ、そうですか」
 
 
なんていいかげんなおばちゃんだ。
 
これでは50円増しで大盛りにした俺の立場が無いではないか。
 
って言うか、こんな量をこんな小さい奴が食べきれる訳が無いだろうが。
 
 
「非道いです………」
 
「は?」
 
「好きで小さいんじゃないですよぅ……」
 
「……あー、おばちゃんか? それとも声に出てたか?」
 
「……両方です」
 
 
こくんと頷きつつ、また泣きそうになってやがる。
 
なかなか見てて楽しい奴だ。
 
とにかく表情がころころ変わる。
 
……主に泣き顔だけどな。
 
 
「ほら、そんな顔しててもしょうがないだろ。 早く喰わないとメシが冷めるぞ」
 
「こんなに食べきれないですよぅ」
 
「そうか、それじゃこのプリンは俺が頂いておこう」
 
ひょいっ
 
「ああっ、プリンはダメですっ」
 
「これは食後のデザートだからな、食事を残す奴には渡す訳にはいかない」
 
「何でそんな意地悪するんですかぁ?」
 
「性格だ」
 
「あんまり良い性格じゃないです………」
 
「知ってる」
 
「自分で言う事じゃないですよ?」
 
「俺もそう思う」
 
「あはっ。 なんか……朝の印象と全然違いますね」
 
「そう言うお前も………って、そうだ。 俺、まだお前の名前すら知らないんだよな」
 
「私ですか? 私は『観空 唯』って言います。 唯で良いですよ」
 
「俺は相沢祐一だ。 上でも下でも好きな方で呼んでくれ」
 
「それじゃぁ……相沢さんで」
 
「よろしくな、唯」
 
「こちらこそです、相沢さん」
 
 
そう言ってお互いに頭を下げ合った。
 
今が初対面という訳じゃないのに。
 
それどころか、朝に会った時はこうして自己紹介するだなんて思っても見なかったのに。
 
こうやって向かい合って自己紹介するなんて思っても見なかった。
 
しかも学食で。
 
ふと向かいを見ると、唯もそう思っているのか、顔に笑みを浮かべていた。
 
そんな唯の顔を見て、俺も何だか可笑しくなり、二人で笑い出した。
 
 
「あはっ、なんか学食で自己紹介って言うのもおかしいですねっ」
 
「ああ、きっと他から見たら変な二人だぞ」
 
「でも……変な二人でも私は構いませんよ?」
 
「俺も別に構わない」
 
「じゃあ私たち、変な人同士ですねっ」
 
「変な人同士……か。 それも良いかもな」
 
「はいっ」
 
 
不思議と心が落ち着く感触を覚えた。
 
目の前にいるこいつの笑顔は、確実に俺を和ませてくれた。
 
自然に笑みが零れる。
 
心が落ち着く。
 
一緒に居ると言う、ただそれだけで自分が満たされる気がした。
 
それは今までに出会った事の無い感覚。
 
いや、遠い昔にもあったような気がする。
 
こんな風に、誰かと一緒に過ごしていた日々が。
 
だが、『その日』の事はどうしても思い出せなかった。
 
そもそもそんな日が在ったかどうかも定かではない。
 
だから、今は思い出せなくても良いと思った。
 
目の前の少女が笑っていて、それを何だか嬉しく思う自分が居るだけで。
 
 
「ところでお前、『お小遣いぴんちだから……』とか言ってなかったか?」
 
「ぴんちですよぅ」
 
 
『何を今更』と言いたげな唯が、スプーンを加えたままで悲しそうに言った。
 
罪悪感が募るからその目はやめれ。
 
 
「それじゃ何でAランチなんか頼んでるんだ? 他にも安いのがあっただろ」
 
「相沢さんと……同じのが食べてみたかったんです」
 
「俺と同じの?」
 
「いえ、あの、常連さんが頼む位だから美味しいのかなぁって……思って……」
 
「………」
 
「ほ、ホントですよぅ………他のメニューの味、知らないし……」
 
 
なんか恥ずかしそうに話す。
 
その仕草が可愛くて、俺は少しだけ戸惑いを覚えた。
 
お小遣いぴんちって言うのは、自分も俺と同じ物を頼もうとしてたから安い物にしてくれって事だったのか。
 
俺の頼んだ値段×2だからな。
 
だとしたら少し、悪い事をしただろうか………
 
 
ポケットを探り、財布を取り出す。
 
不必要に金を持ち歩かない主義なので、あまり中身は入っていなかったが、小銭入れの方に一際大きい銀色の硬貨を見つけた。
 
それを指で弾き、唯に渡してやる。
 
 
「ふぇ? なんですか?」
 
「飯代」
 
「だって今日は私の奢りですよ?」
 
「………それはとって置いてもらおうか。 また何時か必要になった時にな」
 
「んー………って言う事は、また私と一緒に学食に来てくれるって事ですか?」
 
「お前が望むならな」
 
「………お小遣いが大丈夫な時限定ですけど」
 
「ピンチになったら俺が奢ってやるかもしれない気がするやらしないやら」
 
「………うー、どっちですか?」
 
「さあな」
 
 
膨れたり、照れたり、泣きそうになったり、微笑んだり。
 
感情を率直に表現する唯を見ながら、俺は自分に足りない何かを映していたのかもしれない。
 
もっともその『何か』が明確に判っていた訳ではなかったが。
 
それでも、唯と居るだけで学校に来る楽しみが一つ出来た様な気がした。
 
授業や規則は退屈な事には変わりは無いが、それでもこいつをからかいながら過ごすなら楽しめそうだ。
 
そんな事を思った春の日の昼下がり。
 
校庭の桜は散る気配も見せずに、冬の間溜めていたその命の結晶を咲き誇らせていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「ぷりん返してくださいっ!!」
 
「ちっ、ばれていたか」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
To be continued………