「お前が相沢だな」
 
 
学校帰り、満腹感に酔い痴れながら一人でフラフラと校門から出た所を4・5人の不良に囲まれた。
 
殆ど『いつもの事』になっていたのでその登場には驚かなかったが、その代わりに相当苛立った。
 
学食で唯と話している時にはあんなにも『ほえー』っとしていられたのに.………
 
ま、昇降口で別れて正解だったな。
 
こんなバイオレンスな光景、あいつには極力見せたくない。
 
今日の朝会ったばかりの少女になんでこんな気を遣っているのか、それは自分でも判らなかった。
 
だが、思考を理解するまでもなく『そう』と思っているんなら、多分それが正解なんだろうと思った。
 
 
不良の出で立ちを見てみると、全員手に武器を持っている。
 
鉄パイプ
 
バタフライナイフ
 
メリケンサック
 
警棒
 
俺はどんな野獣だ。
 

「ここじゃ人目につくからよ、どっか暗い所に行こうぜ」
 

有無を言わせない様子でリーダー格らしい男がつばを飛ばす。
 
非常に不愉快だったが、確かに人目につくのはやばいだろう。
 
基本的に俺が住む日本は『喧嘩両成敗』を常としている傾向があるからな。
 
学校側に至っては、俺が被害者であるにも関わらずに加害者呼ばわりをしやがるし。
 
どうせ信じてもらえないと思って無言を貫き通している事も一因ではあるだろうが、それでも。
 
先入観だけで善悪を決めるような奴等と、一言だって話したくは無かった。
 
 
って言うか、人目につく所で堂々と武器を持っているこいつらを阿呆だと思った。
 
自分で人目に付く事を嫌う発言をしておきながら、いきなりの矛盾とはどういう了見だ。
 
だから不良は頭が悪いとか言われるんだぞ。
 
とか何とか思ってみたが、あえて突っ込みを入れずに黙ってそいつらの後に着いて歩く。
 
連れて行かれた場所は、ビルとビルとの間にある吹き溜まりのような場所。
 
俺と不良達意外には誰もいない。
 
エアーダクトから排出される濁った空気と足元に落ちているゴミが、そこの雰囲気をさらに悪くしていた。
 

「ずいぶんと調子こいてるらしいなぁお前!!」
 
 
無駄に顔面を接近させながら騒ぐ馬鹿。
 
これで迫力があるとか脅してるとか思えるのだから、相当におめでたい奴だ。
 
いっぺん喋れなくしてみるのも良いだろう。
 
とりあえず黙らせる為に、未だ口上の途中だった半開きの口に肘を叩き込む。
 
制服越しながらも、肘に確かな感触があった。
 
前歯の折れる感触が。
 
肘を叩き込まれた不良の足元には、ヤニで黄色くなった歯がこぼれ落ち、それと共に夥しい程の出血が滴っていた。
 
顔面を蒼白にしてうずくまり、言葉にならないくぐもった悲鳴をあげる馬鹿。
 
その悲鳴も非常に喧しかったので、足元に在るそいつの頭に超高角度の踵落としを決めてやった。
 
ごきゃっと、多分鼻の軟骨が潰れたのだろう、奇妙な音が辺りに響いた。
 
アスファルトに熱い接吻をしたまま、痙攣を起こして動かなくなる馬鹿その1。
 
ぴくぴくしているその姿が、面白いと言えば面白かった。
 
まったく、どうしてこうも脆いのだろうか。
 
小さくため息をつく。
 
ふと周りを見ると、今までの一連の俺の動きを見ただけで残りの馬鹿共から戦闘意欲が消えていた。
 
ったく、情けない不良どもだな。
 
その程度で俺に歯向かったって言うのか?
 
その程度で俺の、本当に久し振りに味わったほんわかした気分を壊したって言うのか?
 
………屑が。
 
 
「人目につかない場所で本当に良かったよ………」
 
 
それだけを小さく呟き、俺はその場にいた不良を次々に『壊し』にかかった。
 
勿論、一人も逃がしたりはしなかった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
Stand by Me 〜 Another story 〜
 
 
その4 『不良
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
馬鹿共の返り血もそのままに、俺は自宅へと戻った。
 
ポケットの中から家の鍵を取り出し、鍵を開ける。
 
無言で玄関を空け、無言で閉め、無言で靴を脱ぎ捨てて無言でリビングへと向かった。
 
ただいまとかを言う必要は無い。
 
何故なら、家に俺の帰りを待っている奴なんて誰も居ないのだから。
 
別にそれだけなら普通の鍵っ子と大差無いが、俺の場合は向かえる奴すらも居ない。
 
つまり、殆ど一人暮しの状態なのだ。
 
寝ても覚めても、一人。
 
何時からこんな暮らしが普通になったのかは覚えていないが、少なくとも理由だけは判る。
 
親父の仕事がメチャクチャ忙しいかららしい。
 
らしいと言うのは、俺が親父のやっている仕事の内容を知らないから。
 
ただ、家にも帰って来れないほど忙しい仕事なんて、はっきり言って普通じゃないと思う。
 
おかげでここ数ヶ月は親父の顔すら見ていない。
 
小さい頃はよく親父と一緒に行動していたが、それすらも今は記憶の奥底に仕舞われていて思い出せない。
 
俺が望んで一緒に居た事を思うと、恐らくは楽しい思い出だったのだろう。
 
そしてその中で、俺は様々な処世術と格闘術を教えてもらった。
 
『型』に嵌った強さと、嵌らない強さの両方を。
 
だから、今の俺が並大抵の不良に負けないで居られるのも親父のおかげだ。
 
この点に関しては、俺は素直に親父に感謝している。
 
それ以外はお世辞にも誉められたもんじゃないが。
 
 
母さんも、親父の仕事の手伝いとか言って殆ど家に居ない。
 
帰ってくるのは、大体二週間に一回くらいだ。
 
もっとも、帰ってくると言ったって顔を見せに来る程度なのだが。
 
そんなんなら別に帰って来なくても構わない。
 
ついでの様な感じで安否を問われても苛立つだけだ。
 
 
「………」
 
 
何故だろうか。
 
母さんの事を考える度に俺は何時も苛立つ。
 
何が気に入らないのか自分でも判らないが、それでも。
 
気遣われる度に、理解者ぶった態度をとられる度に、本能的な嫌悪感を感じる。
 
 
自立したい。
 
漠然とだが、確固たる決意を持って俺は幾度か両親に話を持ちかけた事がある。
 
結果はと言えば、現在のこの状況が全てを物語っている。
 
つまりは却下され続けているのだ。
 
今の状態でもほぼ一人暮らしのような物なのに、完全な一人暮らしがしたいと言うと猛反対するとは。
 
まったくもって訳の判らない親だ。
 
 
帰宅途中の乱闘で付着した血糊を落とす為に、俺は風呂場へと直行した。
 
いつもより熱い湯を、上段に設置したシャワーホースから注がれるかのように全身で浴びる。
 
血と、汗と、それ以外の、喩えて言うならば身体に纏わり付いた『世間』が流れ落ちるような錯覚さえ感じた。
 
 
結構長めの髪にシャンプーをするのは以外と手間がかかる作業だ。
 
別にカッコつけるために伸ばしている訳では無く、単に切るのが面倒くさかったから放置していたら伸びまくった髪。
 
何度か自分でハサミを入れた事もあったが、素人作業で短くしたら絶対おかしな事になるに決まってる。
 
故に、適当な長さのままで放置して現在に到ってる。
 
ま、結構前髪がうざかったりもするんだけどな。
 
 
とりあえずシャワーを浴び終わった俺はキッチンへと向かい夕食の準備をする。
 
料理はあまり得意な方ではないが、それでもそこら辺の奴よりは美味しい物を作る自信はあった。
 
もっとも、インスタント系の物を作るのは苦手だ。
 
なにしろ昔、カップ焼きそばのお湯を捨てずにソースを入れた事がある。
 
あれはあれで結構美味しかった気もするが、その話は置いておこう。
 
ボンカレーを袋から出してお湯の中に直接ぶち込んだ件もあるが、その事も気にしないでおこう。
 
インスタントが作れなくても、人間は生きていけるものだし。
 
 
今日の夕食は久しぶりに豪華にしよう、しゃぶしゃぶだ。
 
って言っても鳥しゃぶだけどな。
 
冷蔵庫から固まりの鳥の肉を出して薄くスライスし、朝の残りの飯をレンジにかける。
 
肉を茹でるだけの簡単な夕飯だが、死にはしない程度に栄養は取れていると思う。
 
ただ欲を言えば………はぁ、たまには牛肉が食べたい。
 
別に金が無いわけではない。
 
親が置いていっている金は、十分すぎるほどあった。
 
だが、それを湯水のごとく使うのは俺のプライドみたいな物が許さない。
 
向こうが俺にかまう事が無いのと同じように、俺の方も極力親に頼らず暮らす。
 
何時の頃からか決められていた、自分への制約。
 
自立したい。
 
自分の足で、立ちたい。
 
その為にはまず、両親と両親の与える金銭的余裕が齎す意志の腐敗を防がなくてはならない。
 
独りでも、俺は生きていける。
 
 
この年ですでに家計の事を考えながら生活している奴は少ないだろう。
 
だからと言って、他の中学生がガキだと言ってバカにするつもりは無い。
 
俺だって迎えてくれる親と暖かい飯があればこんな生活をする事も無いだろう。
 
幼い頃から『それが普通だ』と思って暮らしてきたなら、自立したいとかの思いは持たなかっただろう。
 
要は環境だ。
 
環境がそいつの人生を大きく左右する。
 
そして俺は、親父も母さんも家に居ないと云うこの環境に満足している。
 
極端な放任主義とも言えるこの環境のおかげで、俺はいち早く自分の足で立つ事ができた。
 
歩き出すには、飛び立つのには程遠い、頼り無い足取りだけど。
 
だから、自分が置かれた状況を悲観するつもりは毛頭無い。
 
親父には親父の、母さんには母さんの人生があるだろう。
 
『俺』という存在で彼らの自由を縛る権利はどこにも無いからな。
 
逆に言えば、『家』に居ないアンタ等は『俺』じゃなくて『仕事』を、ひいては『自分』を選択したんだろう。
 
と、この考えを一度母親に言った事がある。
 
したら滅茶苦茶怒られた。
 
それも、物凄く悲しそうな顔をしながら。
 
『お願いだからそんな事を言わないで……選んだとか、縛るとか……家族じゃない……』
 
そう言われた。
 
だが、未だに俺はこの考えを辞めてはいない。
 
俺の信条みたいなものだからな。
 
第一、息子を放っておいて親父につきっきりの母親に何を言われてもいまいちピンとこない。
 
アンタが選んだのが『仕事』か『親父』か『自分』かは知らないし知りたくも無いが、たった一つだけはハッキリしてるだろ。
 
アンタは、俺を、必要としていない。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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飯を食った後、俺は夜の街に出る。
 
家を出るときに愛車に飛び乗り、重厚なエンジン音と共にいつもの場所まで行く。
 
それは『いつも通りだった』行為で、そして今日限りで終わる行為。
 
名残惜しいとかの感情は、一切無かった。
 
 
元はと言えば、このバイクは親父の物だった。
 
ヤツの経歴及び前科の有無は知らないが、それでも俺の親父ってだけで大体の予想はつく。
 
第一、普通に生きてきた奴は息子にケンカの仕方を教えたりなんかはしない。
 
それと、ジャジャ馬仕様の単車を『好きに使えば』って言って中学生の息子に渡したりなんかもしない。
 
いや、ありがたい事はありがたいのだが。
 
 
このバイクには、想い出がある。
 
とは言っても、親父の後ろに乗せてもらったような記憶があるやら無いやらの曖昧なものだが。
 
その所為か、始めは扱い難いばかりだったジャジャ馬も今ではすっかり俺に馴染んでいた。
 
カーブの切り方も、エンジン音も、400とは思えないパワーも、全てが俺と合っていた。
 
まさに愛車。
 
免許は取得していない(ってか出来ない)が、フルフェイスのメットを被っていればめったな事では警察に捕まらない。
 
まだガキの俺でも平気だ。
 
もっとも、今の俺の行動範囲ならば自転車で充分だから普段は乗りまわしたりしないのだが。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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そこには50台近いバイクとメンバーがいた。
 
伝説と謳われた初代が、当時『四鬼』と呼ばれていた四つの族を全て従えた上で創った暴走連合。
 
名を、『黒使無双』
 
それが俺の、自覚は無いが総長として纏め上げているチームの名前だった。
 
今日は定例の総会。
 
めんどくさいったらありゃしない。
 
だが、周りの奴に言わせれば『総長が出ないなんて前代未聞』らしい。
 
だからしょうがなくこの場所にいるが、こんなめんどくさいなら総長なんてやらない方がいい。
 
以前からそう思っていた俺は、今日の総会で引退を表明しようとしていた。
 
誰にも言ってなかったが、俺の中ではすでに決定事項。
 
引退って言っても、いつの間に総長になったのかすら解らない程なので、実感は無かった。
 
 
「こんばんわっス!!」
 
「ご苦労様です!!」
 
「………うい」
 
 
なんとなくお決まりになった挨拶を交わしながら俺はみんなの前に出る。
 
そして、開口一発から単刀直入に用件を切り出した。
 
 
「俺、総長辞めるわ」
 
 
辺りがしーんとなる。
 
誰も何もしゃべらない。
 
数分間沈黙が続いた後、一人が恐る恐る口を開いた。
 
 
「ま、マジっすか?」
 
「ああ、マジだ」
 
 
その一言で周りに大きな波紋が広がる。
 
みんな信じられないといった表情だ。
 
俺も信じられないよ。
 
たかが俺が辞めると言っただけでそこまで波紋が広がるなんてな。
 
 
「何で辞めるんすかっ?」
 
「めんどい」
 
「辞めないで下さいよっ!!」
 
「やだ」
 
 
この押し問答は一時間ぐらい続いた。
 
みんなが俺を引き止めるのに疲れた頃、No2の奴がすっと俺の前に出た。
 
確か、坂崎 雄真(さかざき ゆうしん)とか云う名前だったはず。
 
元はと言えば、こいつが俺を総長にまで仕立て上げたのだ。
 
勝手に革命とかぬかしてな。
 
兎に角、そいつが俺の目を見ながらこんな事を言ってきた。
 
 
「辞めるのは勝手っすけど、次の総長は決めてあるんっすか?」
 
「次の総長? そんなのはお前らが決める事だろう。 辞めていく俺が決める事じゃない」
 
「それじゃあ、あまりにも無責任じゃないですか」
 
「五月蝿いなぁ。 だったらお前がやればいいだろうが。 もともと副総長なんだし」
 
「それは、『前総長』としての任命ですか?」
 
「ああ、任命する」
 
「ありがとうございます」
 
 
終止むかつく薄ら笑いを浮かべてやがった。
 
今思えば、これが雄真のシナリオだったのかもしれない。
 
経験の浅い俺を総長というポストに仕立て上げ、その後釜を引き継ぐ。
 
もしくはOBから総長が中学生というのは問題がある、と文句が出るのを待ち、俺を総長の座から引き摺り下ろす。
 
どちらにしても不良にしてはなかなかの頭の使いようだ。
 
コイツの策略どおりに事が運ぶのは癪だが、この際どうでもいい。
 
ただ、このめんどくさい世界から抜け出したかった。
 
抗争だの縄張りだのって、鬱陶しいったらありゃしない。
 
これで晴れて自由の身だ。
 
と思ったら、何時の間にか数人に周りを囲まれていた。
 
それはいつもNo2の傍にいた奴ら。
 
どうやらこの時を待っていたらしい。
 
俺が『総長』じゃなくなる時を。
 
 
「今までご苦労様でしたねぇ」
 
「……そう思うなら黙ってここを通せ」
 
「そのすかした態度が嫌いでしたよ、『前総長』」
 
「だったらどうするんだ? 悪いけどこっちは早く帰って寝たいんだよ」
 
「そんなに寝たかったら今ここで寝てもらって結構ですよ」
 
「悪いが遠慮する。 硬いベッドは好みじゃなくてね。 それと、アスファルトを布団に寝るのはお前らの方だ」
 
 
言うが早いか、俺は目の前にいた奴の急所を思い切り蹴り上げた。
 
その衝撃で宙に浮いている所に掌打を叩き込む。
 
足の支えと云う大前提を無くした身体は、面白いくらいに空中で半回転し、その後頭部をアスファルトに叩きつけていた。
 
これで、まずは一人。
 
 
「てめぇ!!」
 
 
後ろから鉄パイプでの振り下ろしが迫る。
 
視界の端で捕らえたその姿は、若干だが人間の頭部を本気で打ち据える事に対する本能的な脅えが見て取れた。
 
っは。
 
本当に、冗談じゃない。
 
脅えながらの打撃で、人がそう簡単に壊れると思うな。
 
脅えながらの攻撃で、俺が喰えると思うな!
 
 
身体を少し捻り、打ち下ろしを避ける。
 
身体を擦れ擦れの位置で通った鉄パイプは、その勢いを殺しきれぬままに地面と感動的な衝突を果たした。
 
衝突の反動、手の痺れ、動揺。
 
隙が出来ないはずが無い。
 
 
言わせてもらえば、素人が武器を持ったところでその動きが単調になるだけ。
 
その証拠に、こいつの打ち下ろしだって直線の動きだった。
 
そのままでも充分に弱いのに、さらに自分の幅を狭めるのか。
 
救えない、馬鹿。
 
 
大抵、武器を持ったときの動きというのは直線になる。
 
打ち下ろし、袈裟懸け、逆袈裟、振り上げ、横薙ぎのどれかだ。
 
触れるだけで傷を負わせる事が出来る刃物なら横薙ぎが非常に有効だろうが、筋力や瞬発力を考えた場合に大抵は使えないと判断される。
 
速度だけを見るなら、上段からの振り下ろしが一番速いし破壊力がある。
 
最も有効なのは急所を狙った突きだろうが、実践で打突を使う奴は殆ど居ない。
 
兎角、武器を持った場合の素人の動きは非常に限定されてくる。
 
動きが決まっているって事は、避けるのも簡単だって事だ。
 
 
がら空きになった顔面に、素早い回し蹴りを入れて距離を取る。
 
だがこれはK.O目的の蹴りではなく、動きを止める為だけのものである。
 
多対一の場合、一人に気を取られるのは致命傷となる。
 
例えソコで確実に相手人数を一人減らせる場合であったとしても、その為に自分が被害を被ったのではどうしようもない。
 
無傷で勝つか、ボコボコにされるか。
 
数で劣っている俺が選択できる未来は、非常に残念だがこの二つに一つしかない。
 
そして俺よりももっと残念な事に、雄真たちが選べる未来は一つしかない。
 
当然、ボコボコにされる方だ。
 
 
全体に気を配り、動きを読む。
 
背後は絶対に取らせない。
 
右と左から同時に距離を詰めてきている。
 
右のほうが動きが速い。
 
瞬時に察知した俺は迷わず右の男のほうに間合いを詰める。
 
掌を敵の眼前に広げ、男が一瞬怯んだ隙に鎖骨に指をかけ、一気に握り潰すような感じで力を込める。
 
          さこつぬき
裏漆式 鎖骨貫
 
 
親父から教わった技の一つだ。
 
簡単だが、威力は絶大。
 
多分奴の鎖骨は折れただろう。
 
激痛に泣き叫ぶ男の鎖骨から指を離すと同時に真後ろへトラースキック気味の後ろ蹴りを放つ。
 
足に伝わる確かな感触。
 
見事に人中辺りに命中したようだ。
 
後ろも振り向かずに迎撃された男はその場にしりもちをつく。
 
まったく予想だにしなかった一撃だったからだろう。
 
即座に座り込んでいる男の顔面に膝を入れる。
 
これで三人か。
 
 
「まだ、やるか?」
 
 
多少凄みを利かせた声を発する。
 
俺としては無駄に戦いたくは無かった。
 
別に人を傷付けることに抵抗があったわけじゃない。
 
その気になれば、何の躊躇いも無く全員を死の淵にまで追い詰める事すら出来るだろう。
 
俺には、『足りない』から。
 
それをしないのは、ただ純粋に面倒くさいから。
 
今の俺の欲求は、一にも二にも『早く帰って寝たい』だ。
 
睡眠は素晴らしい。
 
暖かい布団があればモアベターだ。
 
だが、そんな俺の思考とは裏腹に男達はなおも向かってくる様子だった。
 
まったく、己の力量ぐらいわきまえて行動しろ阿呆が。
 
 
 
 
 
 
結局、その後三十分ほどに渡って祐一とNo2軍との抗争が続いた。
 
結果は勿論祐一の圧勝。
 
途中から祐一派のメンバーも加わっての、いわば内乱のような形になった。
 
もともと数で祐一を押さえ込もうとしていた反体制の奴らの人数は、全体の五分の一にも満たなかった。
 
それは、祐一さえ倒してしまえば残りのメンバーも『総長』という肩書きに従うだろうと踏んでいたからだった。
 
だが、予想外の祐一の強さ。
 
それ以上に、そこに居るだけで人を惹きつける祐一の絶対的なカリスマ性のような物を考慮していなかった。
 
故に目論見は破綻し、回り全員を敵に回す事になってしまったのだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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帰り道、何か肩の荷が下りたような気がしていた。
 
これでもう、面倒臭い事から逃れられる。
 
少しの嬉しさと、だがしかし同時に妙な寂しさも混在していた。
 
まさか。
 
まさか引き止められるとは思っていなかったし、メンバーの女の子に泣かれるとも思ってなかった。
 
ひょっとしたらあそこが俺の『居場所』だったのかもしれない。
 
安らげる、心が落ち着く真の『居場所』
 
何も無くても、俺が俺で居るだけで存在する事を許してもらえる、そんな所。
 
だが、何か違和感を感じたからこそ俺はその『居場所』を自ら捨てたのだ。
 
そう、後悔はしない。
 
 
『たとえ結果がどうであれ、自分の信じた道ならば絶対に後悔はしない。 それが男の生き方ってもんだ』
 
 
不意に頭に浮かぶ一つの言葉。
 
それは一ヶ月以上も会っていない親父の言葉だった。
 
幼い頃からいつも聞かされていた、奴に言わせれば『オレサマ論』
 
今じゃすっかり俺の持論になっていた。
 
今回の事だって、自分の信じた道。
 
後悔なんてしていない。
 
……多分。
 
 
誰もいない家に帰り、電気をつける。
 
いつも通りの誰もいない家の中が、今日はやけに広く感じた。
 
心に浮かんでくる『寂しい』という感情を否定し、冷蔵庫を開ける。
 
ビールしか入ってなかったが、別に構わなかった。
 
静まり返った家の中に、プルタブをあける音が大きく響く。
 
缶の中の液体を喉に流し込むと、まず炭酸の刺激を感じ、喉が少し熱くなり、その直後に苦味がほとばしる。
 
一度だって美味しいと思って飲んだ事は無かった。
 
同じ金を出して飲むんなら、ジュースの方が良い。
 
……ビールの味が判らない、そこら辺がガキなのかな。
 
 
空になった缶をキッチンに置き、自分が汗をかいている事に気付いた。
 
そりゃ乱闘すれば汗もかくわ。
 
今日二度目のシャワーを浴びて、ラフな格好になり、ベッドにダイブする。
 
ふかふかした掛け布団の中に顔を埋め、俺は今日一日をぼんやりと思い返した。
 
今日も色々あった。
 
考え方によっては、俺は居場所を失った。
 
でもまぁ、退屈な日常よりはいいか。
 
 
『せめてっ! せめて引退式だけでも俺たちに仕切らせてください!』
 
それは族の誰かが言った言葉。
 
『いいよ………めんどくせぇ』
 
これは俺の言葉。
 
『相沢さんって云う、本当に尊敬できる総長がいたことを誇りにしたいんですっ!』
 
『こんな男を誇りにするなんて、くだらないこと言ってんじゃねぇよ』
 
『そんな事ないっす……相沢さんは、俺たちの誇りです!』
 
『………俺は何もしてねぇだろ』
 
『俺が他の族ともめて、一人捕まった時……たった一人で駆けつけてくれたの忘れませんっ!』
 
『……気まぐれだよ。 暴れたかっただけだ。 深い意味は無い』
 
『俺も………何度相沢さんに助けてもらったか判んないっす!』
 
『俺もっ!』
 
『俺もです!』
 
 
俺に詰め寄ってくる族の奴ら。
 
中には俺より年上の奴だっていくらでもいた。
 
なのに、こんな俺に敬語使って……『本気ですっ』て面しながら言い寄ってきやがる。
 
 
『………解ったよ、それじゃ来週の土曜。 いつもの時間に、いつもの場所で、いつものように待ってるからよ』
 
『『『『『『 ありがとうございますっ!』』』』』』
 
 
クサイ事言いやがって、バカどもが……
 
思わず俺も承諾してしまったじゃないか。
 
ま、最後だと思えば……か。
 
 
そして、また明日も学校かぁ。
 
明日は何のMDを聞こうかな。
 
それとも、何のマンガを読もうかな。
 
……俺に授業を真面目に受けるという選択肢はないのか?
 
自分突っ込みを入れるが、妙にむなしくなったのでやめた。
 
 
学校さぼっかな……
 
 
そんな考えがちらりと頭をよぎる。
 
だが、そんな俺の脳裏に一人の少女の顔、もとい泣き顔が浮かんできた。
 
それは今日の朝出会ったばかりの顔。
 
思い入れなんて少しも無いはずの、顔。
 
なのに頭から離れない、学食での他愛のない会話。
 
 
『ああっ………だ、ダメですってばぁ』
 
『デザートとは、食後に楽しむ物なり。 よってお主にはこれを食す権利は無いわ』
 
『な、何で大名口調なんですかぁ』
 
『そんな事はどうでもいいが、早くしないとプリンが異次元に消えるぞ』
 
『異次元……ってぇ! 相沢さんが食べようとしてるだけじゃないですかぁ』
 
『何のことやら』
 
『ふぇぇぇ……返して下さいよぅ』
 
 
プリン、好きなのかな?
 
やたらと必死になって取り返そうとしてたけど。
 
わたわたしながら頑張る姿は、思い出すだけでちょっと笑えた。
 
最終的には返してやったけど、そこにいたるまでに結構な意地悪をしてしまった。
 
物凄く泣きそうな顔をしてたなぁ。
 
まるでこの世の終わりが来たかのような。
 
でも、あのプリンを食べてる時の幸せそうな顔といったら……
 
 
ふと。
 
自分が笑っている事に気付いた。
 
時計の音しかしない家の中に、自分の小さな笑い声、くすくすと、響く。
 
誰もいないこの家で笑うなんて久しぶりだった。
 
それどころか、笑う事自体が久しぶりのような気がする。
 
まだ、笑えたんだな。
 
そんな事を考えつつ、俺の意識は急速に眠りの世界へと引きずられていった。
 
 
明日という日に少しばかりの楽しみを抱いて………
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
To be continued………