「家庭科クラブは家庭科室でやってるんじゃない! 調理室でやってるんだ!」
「つまり、ヒマだから唯の部活を覗きに行く訳ね」
「要約するとそうなる」

唯も桜も部活の為にヒマになってしまった水曜日。
どうせなら唯の部活の様子でも見てやろうと思って歩いていたら、何故かヒマそうにしていた桜と出会った。
訳を聴くと、何やら家元の先生が忙しくて部活が休みになったらしかった。

「祐一って唯の部活見るの初めてだっけ?」
「ん? ああ、そりゃな」

そんな頻繁に行くような場所でもあるまい。

「ふっふっふ、あの娘の真の可愛さに酔い痴れなさい」

なにやら思わせぶりな言葉を吐く桜。
ここで問い詰めてもどうせ答えが返って来ない事は判りきっていたので、軽く流す事にした。

この学校の調理室は窓が中庭に面しているため、廊下側からドア越しに覗くよりも中庭から見た方がよく見えるのだ、とは桜の弁。
俺よりも『唯ウォッチング』に詳しい桜の情報だから、取り敢えずは信じておく事にした。
メリットの無い嘘をつくような奴じゃないし。

「もっかい言うよ。 あの娘の真の可愛さに酔い痴れなさい」
「……何を戯言を」
「ほら、よく見てみ」
「ったく、別にそんな普段と変わらな―――」

真っ白な三角巾。
明らかにサイズが合ってない大きなエプロン。
両結いの髪を、今だけは後ろに纏めて上げて。
真剣な眼差しで計りと向き合うその表情はいつもとはまるで違っていて―――

「言葉を失うほど、見惚れたかい?」
「―――っ、ばっ、ちがっ」
「わかるわかる。 あの娘のエプロン姿は爆裂的に可愛いからね」

確かに。
茶化されようが揶揄されようが、そこだけは否定できなかった。
唯は、可愛い。

「でも、不器用なんだよねあの娘」
「んあ?」
「ほら、見てみ」

桜が指差すその先。
唯が、さっきまでよりも真剣な表情で銀色のボールと対峙していた。
その手には、真っ白なタマゴ。
二・三度タマゴをボールの淵に打ち付け、中央に亀裂を入れて、緊張の面持ちでそこに指をかけて―――

「あ、そんなに力入れたらタマゴが―――」

ぺきゃっ。

―――割れるっての。
俺の心配はものの見事に的中し、唯の手の中にあったタマゴは無残にも潰れてしまっていた。
それを見て、やっぱりと言うか予想通りと言うか、泣きそうな顔になる唯。
周りの部員はと見てみれば、唯の失敗には慣れっこなのだろう、みんな笑っていた。
そして、俺も。

「っくくく……っはははは。 ほんっと、しょうがねーのな、お前」
「あ、相沢さんっ?」
「だっておま、あんなタマゴおもっきし握ったら……あははははっ」
「わ、笑いすぎですよぅ!」
「ゴメ、あたしも可笑し……ぷっくくくく」
「桜ちゃんもぉっ」

卵白と卵黄でぺとぺとになった手をぶんぶんと振りながらぷんすかと怒る唯。
どうにもこうにも可笑しくて、そしてやっぱりめちゃくちゃ可愛かった。
もちろん口に出してなんか言わなかったけど。

後日。
『相沢さんの笑顔が可愛かったってみゃーちゃんが言ってた』、なる訳の判らない理由で唯が不機嫌になっていた。
いや、何で俺は怒られてるんだ?