「私も桜ちゃんの部活を覗きますっ」
「……頑張れよ」

笑われまくった先週の報復をするんだと言わんばかりの勢いで唯が『桜の部活を覗きます宣言』をした水曜日。
非常に面倒臭い上にどうでもいい話題だったので、これ以上無いくらいに流してやった。
涙目になった。
ちなみに、家庭科クラブは調理室のメンテとかで休みなんだそうだ。

「桜ちゃんとは一緒に部活見学してたのに……私とはしてくれないんですかぁ?」
「いや、その、えーと」

あれは廊下をウロウロしてたら桜がドラクエのモンスターよろしく出てきただけであって。
加えて言えばあの時の俺は前日に見た映画の所為でテンションが高く、それ故に無駄な部分にまでやる気が溢れていた訳であって。
そもそも先週の俺が部活ウォッチングに行ったのはお前が居なくてヒマだったからであって。
とか何とか考えてはみたものの、全てを一から説明するのは面倒臭いのでやめにした。
何より最後の理由を言うのは、本人の前では、ちょっとアレなので。

「わーかった判った。 作法室でもヴァチカンでも好きな所に連れてきやがれ」

結局、俺は説明を諦めた。
どうせヒマだったしまぁ良いか、とか思いながら。

唯曰く、「作法室は普通のドアと中に入って直ぐのふすまと茶室のふすまとの三段構えになっているから普通に覗くのは無理なんですよ」らしい。
なるほど、そんな創りになってんのか。
今の今まで全く知らなかった。
何しろ俺と作法室ってのは水と油と言うか磁石の対称極と言うかむしろシャアとアムロって感じだからな。

「じゃあどっから覗くんだ?」
「茶室の窓がテニスコートの方に面してるんです。 そこからなら頑張れば見れるんですよ」
「てか家元の先生とか来てんだろ? 覗いてたら怒られたりとかしないのか?」
「はぅっ」
「ふーむ、捕まって正座させられて膝の上に四角い石を置かれてムチで叩かれて―――」
「い、イヤな事ばっかり言わないでくださいよぅ」

気丈に言いながらも、ちょっとだけ不安そうな顔になる。
やっぱりこいつはからかうと面白いと思った。

「えーと、ここですけど……」
「よし、じゃあ覗くか」
「そ、そんな堂々とっ?」

脅える唯をさて置き、俺はづかづかと作法室の方へと歩み寄った。
勿論、直前で速度を落として身を屈めたが。
ふと後ろを見ると、俺の真似をするようにしてちょこちょこと唯が付いて来ていた。
元々背が小さいので屈む必要も無いんじゃないかと思ったが、言えば言ったで涙目になるのでやめておいた。

「さーて、『あの』桜がどんな顔して茶道とかほざいているのかをとくと拝んでやろうか」
「わ、私はそんな事言ってないですからねっ」

そーっと覗いたその先は、完全に『学校』ではなかった。
床の間の掛け軸には、【色即是空】の文字。
煤けた竹を編んだ篭には、一輪の名も知らぬ白い花。
音の無い世界。
その中に、一際目を惹く『彩―イロ―』が在った。
名を、草薙桜。
東(主として客を招き、実際にお茶を点てる人)を務める桜の動きを言葉で表すとすれば、まさしく『桜』であった。
整然とした姿勢は幹。
舞いを踊る手の動きは枝。
全身から薫る雅は花。
『凛』、『然』、『粛』を合わせ持ち、尚且つ淀まぬ『彩』
認めたくはないが、この時俺は確かに思ったのだ。
桜は綺麗だ、と。

「………」
「あ、相沢さーん?」
「……え、あ、うあ?」
「む、むぅぅぅぅぅぅぅっ」
「な、何で怒ってんだお前は」
「私の時は大爆笑だったのに桜ちゃんには見惚れるなんて………非道いですよぅ」
「だっ、誰が見惚れてなんかっ」
「アナタ達、何をしているのですか?」

びくっ。
脊髄反射の様に身体を強張らせ、殆ど二人同時に声の方を振り向く。
とその先では、和服姿のおばさんが作法室の中から訝しげな目で俺達を睨みつけていた。
『煩いから消えろ』って感情が丸判りの表情で。

「……逃げるぞ観空軍曹っ!」
「ぇ、あっ? ちょ、まっ、あぅっ」

神速で逃げ出す俺について来ようとした唯が、三歩と歩まぬうちに転んで涙目になっていた。
マヌケ。
どうせだからもっとからかってみるか。

「捕まったら100時間ぐらい正座だぞっ! 石を膝の上に置かれるんだぞっ! ムチで叩かれるんだぞっ!」
「ひぅぅぅぅっ、た、助けてくださいよぉぉ、あぅ、はぅ、ふぇぇぇぇぇぇっ」

完全にパニックに陥ってしまった唯は立ち上がる事すら満足に出来ず、最終的にはその場でマジ泣きしてしまった。
やばっ。
このままじゃとんでもない騒ぎになってしまいそうなので、縮地を使って泣きじゃくる唯を小脇に抱え、そのまま脱兎の如く作法室前を立ち去った。
瞬間、桜がとんでもなく呆れた顔で俺達を見ていたのが視界の片隅に入った。

中々泣き止まない唯にコンビニで『最高温度1600℃の備長炭でプリンが”やめて”と泣くまで焼いたこれが本場の地獄焼きプリン』を買ってやった。
プリンが可哀想だとまた泣かれた。
当分の間、唯をからかうのはやめようと思った。