「おすぎとピーコ」
「な、なにがですかぁ?」
「いや、ちょっとした考え事をしていてな」

一週間の中で一番どうでもいい木曜日の朝。
昨日の夜からずっと考え続けていたある一つの事に対する答えを出せないままに、俺は校門をくぐった。

「アサルトライフル……いや、これは違うな」
「き、気になりますよぅ」
「マリオとルイージ……ああ、これはちょっと近い気が」
「相沢さんってばぁ」
「ん?」
「朝から何を考えてるんですか? そんなに真剣に」
「話しかけるな、もうちょっとのトコまで出て来てるんだ」
「ひぅっ」

なにやら隣で激しいショックを受けている様子の唯が居たが、残念ながら今の俺には構ってやれる余裕など無かった。
お前も判るだろ?
この、『あーあー、知ってる知ってる、いや、知ってるんだって、ちょ、ちょい待って、うーっと、ほらアレだよアレ、えーっとえーっと』なもどかしさ。
コレが解決しない事にはにっちもさっちもいかないんだ。
頼むから判ってくれ。

「パペットマペット……違うなぁ……アリとキリギリス……もっと長い気が……わてら陽気なカシマシ娘…」
「ゆんちゃん、おはよ」
「あ、みゃーちゃん」

一点に集中されている意識の外側で、唯の友達らしき女の娘の姿が見えた。
どうやら俺が考え事をしている為に、逆に唯に話し掛けやすい状況となっていたようだ。
確かに、不良な俺が傍に居ては迂闊に話し掛ける事なんて出来ないだろうし。
いやそれよりも今は。

「ヒデとロザンナ……おおっ、コレは凄く近い気が!」
「な、何をやってるのカナ? 相沢さんは」
「知らないっ。 だって朝からあーやって一人で考え事して、話しかけたら怒るんだよ?」
「考え事?」
「おすぎとピーコ、とか。 マリオとルイージ、とか。 そんな事ばっかり言ってる」
「他には?」
「パペットマペットーとか、アリとキリギリスーとか、わてら陽気なカシマシ娘ーとか」
「んー………ひょっとしてエレファントカシマシかな?」
「それだっ!」
「うひぁっ」
「はわわっ」

靄のかかった頭の中に射し込む、一条の黎明。
全ての不鮮明を払拭する旋風のような言葉。
エレファントカシマシ。
それだ、俺が言いたかったのはそれなんだ。
昨日の夜からず――――――っと考えて考えて、それでも出てこなかったその単語。
よもやこんな形で発掘されるとは。

「ありがとうなっ、名前も知らないそこのキミっ」
「ぁ、は、はぁ」

その小さな手を握り、上下にぶんぶんと振る。
公衆の面前ではしゃぐ俺と対になっている事が恥かしいのだろうか、その頬は少し赤らんでいた。
エレファントカシマシの恩人に何時までも恥かしい思いをさせるのもなんなので、一通り喜びを表現し終わったらすぐに手を放してやった。

「んー、スッキリした。 じゃ、俺は先に教室行って睡眠不足を回復してるから。 お前はその友達とゆっくりお喋りでもしてろな」

何の疑問も無い日常と云うのはこんなにも清々しいモノだったのだろうか。
階段を昇りながら小さく一人ごち、俺は教室に入って5分と経たずに眠りの世界に入った。
とても気持ちの良い眠りにつく事が出来たのは、きっと彼女のおかげなのだろう。

「……同じクラスなんだけどねぇ。 相沢さんと私」
「そーゆー人なんですよぅ」

後に『みゃーちゃん』が同じクラスだと云う事を唯に教えられた。
残念ながら、二分で忘れた。
必要無い事は覚えない主義なんだ。