「俺は考えた!!」
「な、何をですか?」
「唯。 お前は狼についてどう思う?」
「ほぇ……おおかみ、ですか」
「ああ、狼だ。 だが一つ気をつけておけ。
 もしここで『そうですね、天照大神は八百万の神々を従えるに相応しき気品と風格が―』なんて言い出したら……
 俺は、お前を嫌いになってしまうかもしれない」
「い、言いませんよぅ…」

そう言って、うーんと悩み始める唯。
「逆に一週巡って大好きになってしまうかも知れないが」と言い掛けたことを、俺は心の中だけで留めておく事にした。
理由は勿論、照れくさいからである。

「そうですねぇ……私は狼って言うと、恐いイメージしか思い浮かびません」
「……そうか」
「ほら、三匹の子豚とか赤ずきんちゃんとか、あと七匹の子山羊もそうですけど――」
「やっぱりそうか!!」
「ひゃぅっ!」
「またそれか! 人間はいつもそうだ! 
 狼は自然と云う生態系の中で一生懸命生きているだけなのに! ただそれだけなのに悪役と云うレッテルを!!」

すびっ! ずばっ!
レゴの人形だったら腕がすっぽ抜けてしまうんじゃないかと思われるくらいの身振り手振りを交えつつ、狼のイメージ是正をアピールする。
しかしそんな俺を斜め下から見上げる唯の視線には、これ以上ないくらい明確な「また始まっちゃったよ…」的な意味合いが付加されていた。
おい、お前今、すっごい呆れてるだろ。

「ん、中学三年にもなろうかと云うお前に訊ねて返ってきた答えのソースが絵本とか童話だってのは、まぁ見た目のまんまだから別にいい」
「よ、良くありませんっ。 んもーっ、なんて失礼なことを言う相沢さんでしょうかっ」
「あー、その辺の事はじゃあ後々ゆっくりと語り合おう。 背とか胸とかの全国平均とお前のデータを比較しながら、それはもう徹底的に」
「あ…ぅ……ふぇ……相沢さんがいじめますよぅ……」

半泣き。
いや、5/8泣きぐらいには至っていたかもしれない。
大きな瞳にじわじわと涙が溜まり、搾り出すような声は既に限界間近である事を容易に想像させる。
カワイソウな狼さんに感情移入しすぎたあまりに俺は、どうやら必要以上に唯をいじめてしまっていたようだった。

「ごめん、ごめんな、唯。 別にお前をいじめたかった訳じゃないんだ」
「………」
「あー、その…ごめんなさい。 悪かった。 頼むからこっち向いてくれ」
「……今日の相沢さんは酷いです…」

どんよりとうなだれていた状況から、少しだけ好転。
多分に非難の色が強い視線ではあるがこちらを向いてくれた唯に、俺は心の底から安堵の溜息を吐いた。

「狼になるってのは難しいもんだな…」
「……はぇ?」
「狼だよ、狼。 お前のイメージで言うところの、豚だのお婆さんだの山羊だのを喰い散らかしては舌なめずりをする劣悪な獣」
「そ、そこまで言ってないですよぅ」

泣きの気配が薄らぎ、代わりに戸惑いが唯の表情を支配する。
どうやら俺が「狼になる」と言った事と自分が「狼には悪いイメージしかない」と言った事を総合して、若干ではあるが自責の念を抱いているらしかった。

「でも…どうして狼なんですか?」
「お前は俺に虎になれと云うのか?」
「………」
「……まさか鷹になれと?」
「……動物から離れてください」

泣きの気配は完全に消えたし戸惑いも薄れたようだが、今度は思いっきり呆れたような表情をされてしまった。

「単純に言うと、今のままじゃ狼があまりにも可哀想だからだ」
「かわいそう、ですか?」
「童話では散々に悪役扱いされ、プロ野球のマスコットキャラにもなれず、ニホンオオカミなんか100年前ぐらいには絶滅してるときたもんだ」
「それで…相沢さんが?」
「ああ。 そこまで徹底的に狼が非難されると云うのであれば、この俺が人類初の狼となって世間のイメージアップを図ろうと思ってな」
「人類…初の……おおかみ?」

物凄い勢いで疑問符を頭の上に浮かべる唯。
実は俺も口に出してから何だかなーと思ったのだが、その辺はあえて気にしない事にした。
狼もきっとそんな事を気にしながら生きてはいないだろう。

「だから唯、俺は今日から狼になる!」
「は、はぁ……」
「あらためて宜しくな、唯」
「こ、こちらこそ宜しくお願いします」
「まぁ狼になったからって特別な事をする訳でもないし、今日はもう遅いから帰るか」
「特別な事をしないのに狼になったんですか…」
「お前だって、何も特別な事をしてないのに人間だろ? それと同じ事だよ、多分」
「ふぇ…なんか言いくるめられてますよぅ…多分とか言ってるし…」

何やら納得いかなそうな顔をしている唯。
帰り道の間もずっと首を傾げていたのだが、どうやら最後まで自分を納得させる事ができなかったようだった。
分かれ道で「じゃあね」と言って、互いに手を振って分かれて、少し歩いた後に振り返ってみればそこには、歩きながらまだ首を傾げている唯。
その仕草に自然と緩んでいく頬を感じながら、こんな事であっさりと和んでしまうようではとても狼になりきれたものではないと深く反省した。

次の日。
何がどう解釈されてどう湾曲してどのように伝わったのかは判らないが、とりあえず出会い頭の桜に「こーの送り狼が!」と罵られた挙句に物凄いアックスボンバーをぶち込まれた。
しかもそれが校舎内の廊下であったために周囲からの多大な誤解を招き、俺のよからぬ伝説がまた一つ増える事となってしまった。
名実共にロンリーウルフ・相沢が誕生した瞬間だった。