「この世の中には不明瞭な物が多すぎる! そうは思わないか、なあ唯!」
「……そーですねー」

すぺちこーん!

「ふぇっ……な、何でデコピンされなきゃいけないのかなぁ…」

俺の憤りに対してテレフォンショッキングばりのやる気無い相槌を打った唯が、デコピンされて涙目になっている金曜日の放課後。
非難がましく見詰めてくる視線をマワシウケの要領で明後日の方向に受け流しつつ、俺は話を続ける事にした。

「いやな? 最近のニュースを見てると連日連夜に渡って偽造だ偽装だとやかましいもんで、ついカッとなってだな」
「そう言えば多いですねぇ、このごろ」
「だろ? そうかと思えば捏造報道だとか大物政治家の汚職隠蔽だとか、兎にも角にも世の中には余計なモザイクが多すぎると思った訳だ」
「もざいく?」
「真実が見えて来ないってこと。
 そもそもテレビや新聞なんてモノで情報を仕入れてる時点で、一種のモザイク越しにしか向こう側を見れてないって事だろ?」
「……何か難しい話になってきましたけど」
「そこでっ!!」
「ぅひゃいっ?」
「知りたい物も知れないこんな世の中じゃ――って事で俺は考えました! 主に公民の時間を使って考えました! 後でノート見せてくれ!」
「……わー」

ちぱちぱちぱ。

高らかに宣言する俺の事を、「また発作が…」みたいな感じで生暖かく見詰めながら軽い拍手を送ってくれる唯。
その気になる態度については後で小一時間ほど問い詰めるとして、今は大いなる決意を表明する方が先決だった。

「唯!」
「は、はいっ?」
「そんなこんなで今日から俺は、モザイク除去装置として生きる事にするからな! 今後ともよろしく!」
「……え? ふぇ?」
「さしあたっては、言葉遣いが物凄くストレートになります。 何しろオブラートとかフィルターとかの類も除去するのが俺のサダメなので!」

あ。
呆れてやがる、コイツ今すっげー呆れてやがる。
エスパー祐ちゃん的に思考を読み取ると、「相沢さんはどうしてこんなに唐突に頭のネジが全部一気に吹っ飛ぶんだろうなぁ」って事を考えてやがる。
モザイク除去装置で機械だけに、ネジが飛んでいるってか。
チクショウ誰がうまい事を言えと。

「……上等じゃねえか」
「な、何ですかいきなり」
「覚悟しろよ、唯。 今からの俺は思った事を何でもズビズバ口に出して、触るモノみな傷付けちまうギザギザハートの持ち主なんだからな」
「……それ、普段と何か違うんですか?」

げふぅっ!
クリティカルヒット!
唯の心無い発言で、祐ちゃんのハートはズタボロだ!

「……言う様になったじゃねえか…テメェもよ……」
「ふぇ? ……ぁ、ふゃっ、ち、ちがっ、今のはその――」
「ええいやかましい! 今度は俺のターンだ!」
「な、何で戦いみたいになってるんですかぁ」
「えーと、その、なんだ! お前なんて、えーと……」

今日も遅刻ギリギリだったな。
昼に喰った学食の新メニュー、おいしかったよな。
数学の宿題、ちゃんと自分一人でやらなきゃダメだぞ。
まあ、答え合わせくらいなら付き合ってやらない事もないけど。
髪、少し伸びたな。
でも背は一向に伸びないな。
今日は夕焼けが綺麗だな。
明日もこんな風に晴れるといいな。

唯に言いたいこと。
唯に言おうと思っていること。
思い付く限り頭の中に羅列してみて、俺は思わず口元を手で覆い隠してしまっていた。

全部、喋ってる。
言わなきゃいけない大切な事も、言わなくてもいい様な下らない事も。
時に傷付けてしまうばかりの辛辣な言葉も。
言わなきゃ良かっただなんて後悔するような赤面モノの青臭いセリフも。
気が付けばいつもお前が傍に居てくれたから、ついつい何もかもを口に出して伝えてしまっていた。

何だよ
これじゃ確かに、普段と何も違わないじゃねーか

モザイク除去装置なんか必要なかった。
そもそも俺は最初から、『誰かに気に入られるため』に言葉や想いを装飾できるような人間じゃなかった。
だから、今までずっと俺の周りには誰も居なかった。
自分を変えなきゃ得られない『何か』になんて、手を伸ばそうとも思わなかった。
だけど、何故なんだろうな。
あんなにも最悪な出会い方をしたお前は、今もこうして俺の傍にいる。
最初が最初だったものだから、それ以降も俺はずっとお前に対して言葉を飾ったりせずにいる。
俺が知る中でも、最も打たれ弱くて涙脆いはずのお前なのに。
困らせたり泣かせたりしてばかりいるこの大馬鹿野郎から、離れていこうとする気配がない。
ありのままの自分を受け入れてくれる人がいる喜びに呆けていて、忘れかけていた大切なこと。
それを『当たり前だ』と錯覚している内に、気付かぬ内に失くしてしまいそうな大事なもの。
どうしても今ここで確かめておかなければいけないような焦燥に追われ、俺はその想いを口にした。

「なあ、唯」
「はい?」
「お前、ひょっとしてマゾ?」
「ん、んにゃあっ!?」

モザイクに包まれない率直な俺の問いかけに、唯の肯定とも否定とも取れない妙な奇声が返ってきた。