班別自主研メンバーが決まった次の日の火曜日。
まだズキズキと痛む脇腹に気を使いながら、俺は京都の地図を眺めていた。
今の時間は、四時間目のLHRから続いての昼休み。
あーでもないこーでもないと元気良く研修場所を相談している女性陣を見るにつけ、俺の中の疲労度はうなぎのぼりになっていくのであった。

「やっぱり京都って言ったら抹茶だよね。 ほら、こことかさ」
「んー、葛餅と抹茶かぁ。 いいかも……あ、ほらほら。 ゆんちゃんここ、『抹茶プリン』だってよ?」
「抹茶プリン? それって抹茶とプリンじゃなくて、抹茶味のプリンって事ですか? き、気になりますっ」

ってかお前等。
それはただの『京都甘味食べ歩き珍道中』じゃないのか?
ちょうどよく女三人組だし。
……そして殺人事件が起こる、と。
キャスト的に犯人は俺か?

「こら祐一。 あんたも話し合いに参加しなさい」
「って言ってもなぁ。 甘い物も寺も神社も興味の無い俺にどうやってルートを決めろと?」
「せっかくの”京都・DE・デート”でしょうが。 シャキっとしなさい男の子」
「んなっ、だっ、誰がデ―――」
「あれ? あれれ? ひょっとしたら私と草薙さんはおじゃマジンガーですか?」

おい彩嶺。
おーけー判った、からかう所までは許してやろうそれだけ俺に馴れてくれていると云う事だ。
だが『おじゃマジンガー』って何だよ『おじゃマジンガー』って。
ブレストファイヤーか。

俺が訝しげな視線を向けると、彩嶺さんはさもあからさまに視線を外して明後日の方向を向いてしまった。
ともすれば脅え故にも見えるその行為。
だが、隣に居る桜が笑っている事から判断すると、どうやらそうでもなさそうだった。
純粋に、からかいの延長線上で。
唯と桜以外からそんな態度を取られた事の無い俺は、その違和感とも呼べる不思議な感覚にただ戸惑うしか出来なかった。

「ん? 唯の反応が無いね……って、ありゃ。 固まってるよこの娘は」
「んー。 ゆんちゃん、すっごい顔まっか。 三倍の速度で動けそう」

見ると、彩嶺さんの言う通り、唯の顔はめちゃくちゃ真っ赤だった。
暗い夜道でぴかぴか光ってサンタの役に立ちそうだ。
いやそうじゃなくて。

「な、な、ななななっ。 で、で、デートなんかじゃないですよっ? そんなんじゃないのデスよっ?」

数秒後。
固まっていた反動が来たかのようにあわあわし始める唯。
そんな唯の様子を見て、桜と彩嶺さんの眼が光ったような気がした。

「……何か言ってますよ、彩嶺さん」
「……なるほど、隠す辺りが怪しいですね」
「ち、違うんですよっ? ぜんぜん違うんですよぉっ?」
「ムキになって否定してますわよ草薙さん」
「ええ、これはもうデート確定ですわね彩嶺さん」
「あうぅぅぅぅぅぅぅぅ」

勿論、俺だって他人の事はどうこう言える立場じゃないんだが。
それでも一言だけ言わせてくれ。
お前等、唯の事からかいすぎ。

二人ともが自分の言い分を聞いてくれない事によるもどかしさと『デートデート』言われてる羞恥とで。
半泣きでおまけに顔を真っ赤にしながらぶんぶんと手を振る唯の姿は、確実に俺の延髄を直撃していた。
何て言うか、可愛い。
困っている仕草やら表情やらにこんな感情を抱いてしまう自分をちょっと危ないんじゃないかとも思うが、それでも可愛いものはやっぱり可愛いのでこれはもう如何し様もなかった。
唯には悪いが、桜と彩嶺さん。
ぐっじょぶ。

「はぁ、はぁ、はぁ……」
「んー。 やっぱり唯は可愛いなぁ」
「同感。 ごめんねー、遊んじゃって」
「むぅー! 二人ともいじわるだぁー」

ぷいんっと横を向いて拗ねた表情を見せる唯。
気付けば少し伸びただろうか、両の結い髪がひよんと揺れた。
風が吹く。
天井を見上げる。
誰かが投げつけた画鋲が刺さってた。

「お詫びとしてさ。 自主研のコースに地主神社、入れといてあげる」
「ふぇ? じ、しゅ神社?」
「名前を見る限りでは随分と成金っぽい神社だな。 崇拝しているのは金か?」

何しろ寺社仏閣にシーモンキーほどの興味も無い俺が、神社の名前とかご利益とかを知っているはずがない。
名前から判断するに、恐らくだが参拝すると地主になれる神社なんだろう。
……凄いな。
なんてバブリーな神社だ。

「草薙さんグッドチョイス。 私もそれに賛成」
「この時点で半数が賛成したから、本案は可決されるけど。 異論は?」

桜が俺と唯を交互に見渡す。
随分と楽しそうだった。
断る理由なんて見付からなかった。

「お前が行きたいのなら、俺は別に」
「私も構いませんけど?」
「うんっ。 じゃあ決定」

結局、その『地主神社』なるところをメインにして自主研のコースが決められる運びとなった。
終始妖しげな笑みを浮かべている桜と彩嶺さんが、奇妙と言えば奇妙だった。
それをただ『楽しみにしてるんだな』としか受け取れなかった俺は、やはり修行不足だったのだろう。

二日後。
地主神社がどんな所かを知った俺が異議申立てをして桜に突っ撥ねられたのは、また別の話し。