「……ふーむ、こりゃマルコが日本を黄金の国だってホラ吹いたのも納得できるねー」
「桜。 ボケだと思うから一応は突っ込んでおくが、東方見聞禄が書かれたのは13世紀で北山鹿苑寺金閣は1398年建立だぞ」
「う、うるさいなぁ。 知ってるよそのくらいっ」

ポニテを揺らしながらぷいっとそっぽを向く桜。
『知ってる』ってのは絶対にウソだと思った。
ちなみに、桜がやけに親しげに名前を呼んでいた『マルコ』とは、母を訪ねる旅に出た人でもなければ苗字が『さくら』のちびでもない。
言動から察するに、恐らくは東方見聞禄を著したマルコ=ポーロの事だろう。
この前の日本史でやったばっかだし。

「きたやまろくおんじ? これって金閣寺って名前じゃないんですか?」
「いや、まぁ金閣寺でも間違いじゃないんだがな。 ってかさっきバスガイドのねーちゃんが喋ってただろ。 聴いてなかったのかお前」
「ゆんちゃん寝てましたよ? それはもうすぴーすぴーと」
「はぅっ。 みゃ、みゃーちゃんっ」

なんでバラすんだと言わんばかりの勢いで彩嶺を追いかける唯。
それを軽くいなしながら頭をぽむぽむと撫でる彩嶺。
見ているうちに参加したくなったのか、彩嶺と一緒になって唯をいじくる桜。
きゃいきゃいとはしゃぐ女三人組を遠目に見ながら、俺は人知れず疲れの色が強い溜息をついた。
元気だな、お前等。

基本的には俺も人の話しを聴かないので、何所をどう移動してきたのかは判らない。
五条がどーたらとか弁慶がこーたら言ってた気もするが、とにかく、今の俺達は俗に言う金閣寺を見学しに来ていた。
庭園内でクラス単位の行列から開放され、班単位でうろうろと金閣の周りを散策する。
何所に行っても自分の学校の制服が見当たるのが少々気に障ったが、それ以外は概ね気分の良い物だった。

金色の堂。
周囲を廻る池。
時期的に最も蒼い木々。
ともすれば軽薄で野卑に満ちた全面金色の建物が、何故かこの場所では凄く好ましく見て取れた。
なるほど、これは嫌いじゃな―――

「ニセモノになんか興味は無い。 この量産型めっ」
「あ、彩嶺さん? 何かお気に入らない事でも?」

さてそろそろ唯を助けてやるかと思って三人組に近付くと同時に聞こえた、彩嶺の不満そうな声。
気が付けば既に唯は解放され、彩嶺が池の周囲に廻らされた柵をぺしぺしと叩きながら金閣を睨んでいた。
普段とは全く違う様相に驚いた俺が思わず敬語になってしまったのも、無理はないだろう。

「この金閣はニセモノです。 本物はその昔に燃えたのです」
「ああ、知ってる。 たしか1950年に坊主が燃やしたんだろ?」
「一度は燃えたくせにあたかも自分が昔からの金閣だと言わんばかりの風体で今なお居座るその腐れた根性。 許し難し」

なんだろう、凄く恐い。
彩嶺ってこんな奴だっけ。

「ゆ、唯」
「はい?」
「彩嶺、なんかおっかないんだけど」
「みゃーちゃんは寺社仏閣が絡むとちょっと……なんです」
「どうしてこうもおかしな奴ばっかりなんだ……」

俺の嘆きとも呼べる類の呟きは、淀んだ水面と風に揺れる庭園の木々に残らず吸い込まれて消えた。

「ゆんちゃんっ! 聞いてるっ?」
「ひゃ、ひゃいっ」
「そもそも応仁の乱ですら侵す事の出来なかった絶対不可侵なる荘厳な舎利殿をたかが一僧の訳の判らない乱心如きで―――」
「そ、そーだね。 そーだよね」
「流すなっ!」
「ごめんなさいっ?」

延々と続く『金閣トーク』
北山文化の素晴らしさから始まったそれは、一休さんと義満がアニメ内で語り合っていたとか訳の判らない方向にまで飛び火しはじめた。
その激しさはある意味では天明の大火以上である。
やむをえん、撤退するっ。

「桜ー。 一緒に回ろうぜー」
「やれやれ、”逃げ”のダシにされるなんてあたしも安くなったもんだ」
「いの一番に彩嶺の傍から脱出したお前には言われたくない」
「ふ、二人とも私を置いてひどーっ?」
「ゆんちゃんっ! 話しは終わってないでしょっ」
「ぴっ?」
「……行くか」
「……だね」

その後は桜と二人して行動した。
庭園を一周して戻ってきたら、まだやってた。
ドンマイ、唯。