「じゅ、十二時までお説教ですかぁ?」
「……あれはもう一種の拷問だな。 死ぬかと思った」

さして美味そうだとも思えない朝食の膳を前にしながら隣に座る唯の声に癒されている今は、朝の七時。
百人単位が大広間に集められて一斉に『いただきます』を言わされる現状は、さながら怪しい新興宗教の合宿みたいだと思った。

結局あの後、俺は十二時を過ぎる辺りまで説教という名の拷問を受ける羽目となった。
学級担任、副担任、学年長、全校生徒指導部長、校外指導部長、etc...
彼等の怒りと言ったらそれはもう凄まじい物で、地元の街に強制送還されなかったのが不思議なくらいだと言っても過言ではないくらいだった。
と言うか、説教の中には実際に『強制送還』を仄めかす言葉も織り交ぜられていた。
引率の教師の半数以上はそれを望んでいた事だろうし、俺の態度如何では実行に移す事も辞さなかっただろう。

そして俺は何時の間にか、その言葉に確かな鎖を感じるようになってしまっていた。

「でも、あれだけの騒ぎを起こしてお説教だけで済んだのはラッキーだったと思いますよ?」
「そーなの?」
「一昨年辺りだっけかな。 見学先で他校生とケンカした男子が強制送還されて反省文三昧の日々を送ったって、聞いた事があるよーな」
「きょーせーそーかんっ?」

鮭の切り身を上手に箸でほぐしながら、彩嶺が俺と唯だけに聞こえるボリュームで話す。
しかしその細かな配慮も、驚きに驚きまくって間の抜けた声をあげた唯の所為で台無しになっていた。
ざわざわと波紋の様に広がっていく、『強制送還』の四文字。
昨日の騒ぎと普段の素行から鑑みるにその対象は俺しか居なく、しかし周囲は明らかに『噂』が現実になる事を望んでいた。
帰れ かえれ カエレ
声の無い言葉は確実に積み重なり、やがてその想いは怨嗟となって俺の身に降り注ぐだろう。
幾重にも着膨れた拒絶の眼差しと共に―――

「あい、ざわさん……」
「ん?」
「……帰っちゃぅ、ですか?」

膝頭をぎゅっと握る、小さな手。
頼りなく消え往く、俺の大好きな幼声。
不安に揺れる瞳で斜め下から射貫かれた日には、俺はもう、自分の思考を自嘲するより他にする事が見当たらなかった。

そうなんだ。
昨日の夜に俺が暴れたのも。
この上ない屈辱だと思いながら、『強制送還』の言葉に屈して教師に謝罪したのも。
そもそも、こんな修学旅行なんかに参加したのも。

全部、お前の為なんだ

「……帰らないよ。 まだ、鹿に煎餅やってないからな」
「ぁ、は、はいっ。 そーですよねっ、まだ鹿さんにお煎餅あげてないですもんねっ」
「お二人の約束は置いといて、その前に今日は班別自主研修です。 たった四人の班ですから、一人でも欠けると面白くないんですよ?」

形式ばかりの咎めの言葉が俺を呼び、振り向いた先には、彩嶺の澄ました笑顔があった。

「悪かった。 もう暴れたりしない。 しないと思う。 しないんじゃないかな。 ま、ちょっとは覚悟しておけ」
「ぜ、全然ダメじゃないですか…」

苦笑が彩嶺の短い髪を揺らし、釣られて俺も、少し笑った。

班別自主研修。
たった四人で、教師の監視も無しに、京都市内をのんびり廻る日。
恐らくは修学旅行中最大の山場となるだろう今日を思い、少なからず楽しみだと思っている自分に気付いてはまた笑った。
窓の外を見る。
いい天気。

「……で、いつまで寝てんだそこの阿呆は」
「お、起こすなら相沢さんが起こしてくださいねっ」
「ゴメン、私も寝起きの草薙さんはパスだなー」

起床時間から四十分は経過しようというのにも関わらず、我が班の班長である草薙桜は、未だすーすーと安らかな寝息をたてながら熟睡していた。