「帰りたい!」
「……ごめん、今の私にはアンタを止める資格がないよ」
「ふぇー、すごい人ですねぇ」
「本当、人がまるでゴミのようですね」
「なんか俺の隣にムスカがいる…」

しかし『人がゴミのようだ』と云う言葉が現状を最も的確に表現している事に軽い頭痛すら覚えてしまう、午後四時半の新京極。
お買い物に胸をときめかせていた桜が一瞬でげんなりしてしまうくらい、なんて言うかもう新京極は学生達の姿で満ち溢れていた。
詰襟、セーラー、ブレザー、私服。
そりゃ自分達も傍から見れば『学生』の枠の中にすっぽりと収まってしまうのだろうが、いや、むしろ『だからこそ』なのだろうか。
見たくもないのに視界の中に入ってくる『学生』の大群は、俺に確かな嫌悪の感情を抱かせてしまっていた。
うざってぇな、クソ。

「ま、まぁここで固まっててもしょうがないですし?」

などと言いながら、引きつった笑顔で空気の転換を図る彩嶺。
何とも健気な行動だと優しい気持ちになる反面、俺はそこにまだ小さな『しこり』のような物がある事を感じていた。
空気の悪化に敏感であると云うことは、そのままの意味でその人が抱いている懸念や不安と云ったものに繋がる。
少なくとも俺や桜は、さっきみたいな感じの空気になっても焦ったりはしない。
そして恐らくは、俺がいなければ彩嶺さんも今のように焦ったりはしなかったはずなのだ。

いくら空気の読めないこと山の如しである俺だとはいえ、自分が引き起こした状況ぐらいは把握できる。
だが現状を作り出したのが自分であるならば、打開の鍵を握っているのも自分であるはずだった。
少なくとも彩嶺に気を遣わせてまで不機嫌でいたいかと訊かれたら、その答えは一も二もなくNOである。
ならばする事は一つしかないと、俺は深い溜息と共に不機嫌を風に溶かし、こんな場面で必要になるとは思わなかった覚悟を決めた。
人ごみ大嫌いだけど。
お買い物なんか疲れるだけだって思ってるけど。
だけど。

「そうだな。 折角だから、楽しくいこうぜ」

まさか俺の口からそんな言葉が出るとは思っていなかったのだろうか、露骨なまでに怪訝な表情を見せる桜と唯と彩嶺。
って言うかもう女性陣三人。
言外に『何を言っているのですか』と主張しまくりな視線に、俺は何か失言をしてしまったのかと逆に焦ってしまうほどだった。
それが済めば今度は、そんなに俺がポジティブな発言をするのが珍しいのかと、何やら拗ねてしまいそうにもなる京の夕暮れ。
しかしそれよりも早くに彼女たちが見せてくれたのは、三者三様の柔らかい微笑だった。

「そうだね、楽しくいこっか」

元より勘のいい桜は、俺の真意を読み取って。

「まさか相沢さんの口からそんな言葉が出るとは」

彩嶺さんは恐らく、空気が好転した事に対して。

「みんなで見て回れば、絶対楽しいですよっ」

そして唯は、純粋に俺の前向きな発言を喜んで。

凹凸ってのは、最終的にはうまく咬み合って綺麗な形になるもんだ。
いつかどこかで聞いた言葉を思い出しながら、俺は傍にいる三人の姿を見比べた。
なるほど、これだけデコボコな班構成も珍しい。
そんでもって、これだけ傍にいて居心地のいい奴らも珍しい。
どんな不機嫌空間だってこいつ等の横にいれば中和されるんだろうと、口に出してなんか絶対に言えない事を思いつつ。

軒先紅く暮れなずむ、初夏の京都の空の下で。
俺達は、楽しいお買い物の旅に繰り出すのであった。