「……はぐれたなぁ」
「ええ、ものの見事に」
「……どうしようか」
「どうしましょうかねぇ」

『絶対にはぐれないようにしような』なる誓いが20分と持たずに瓦解してしまった、混雑するにも程があるだろうと突っ込みたくなる新京極。
気がつけば桜と唯の姿はどこにも見当たらず、俺の傍には彩嶺ただ一人がぽつんと取り残されている状況だった。
現在位置、俺達の宿屋から見て往路に当たる道の終わり際にある、キーホルダーとか置物とかの小物を売っている土産物屋。
もしもはぐれたのが『努力!』と書いてあるキーホルダーに目を奪われている間だったとしたら、それはすごく嫌なはぐれ方だなぁと俺は思った。
せめて『友情!』と書いてあるキーホルダーだったら、まだ救われただろうか。
とんでもない、切なさが増大されるだけである。

「しかしまいったな……この中から唯と桜を探すのは骨が折れるぞ」
「ほらほら相沢さん、このマグカップ見て下さいよ。 『なっちゃん』じゃなくて『ヤっちゃん』ですって、あははは、変なのー」
「………」
「……ヘン、じゃないですか?」
「いや……変、だけど」
「ですよね。 よかった」

にこっと笑って、『ヤっちゃん』を陳列棚に戻す彩嶺。
その後姿を見ながら俺は、『お前もかなり変だけどな』と心の中で強く突っ込んでいた。

こんな見知らぬ土地の喧騒の中で。
仲良しさんである唯とも、同じ女の娘同士である桜ともはぐれて。
隣にいるのなんか、この旅行が始まるまで一度も言葉を交わした事のないような不良の男が一人だけなのに。
なんでキミはそんなにも、楽しそうな顔で――

「うわ、すごっ。 あはははー、じゃーん、『BOSS』じゃなくて『BUSS』って書いてるよー。 買お、これ買っちゃおっ」

うん、楽しんでるね、完璧に。
ものすごい勢いで屈託なく笑う彩嶺さんの表情に、自分が何を懸念していたのかさえ忘れさせられる。
元々の性格的に物事を深く考える事が苦手な俺は、彼女の笑顔に寄り添い、抱いていた憂慮を全て捨て去ることにした。
少なくとも今この瞬間、彩嶺さんは現状を楽しんでいる。
俺の存在は、彼女を困らせたりはしていない。
『普通』の人にとっては意識するまでもない些細な事なのだろうけど、今の俺にとって彼女の笑顔とは、まさに『赦し』の具現化なのであった。

だって俺は、その場にいるだけで他の誰かを不愉快にさせてしまう人間だから。
きっと生まれた時からずっと『何か』が欠けている、最初からそういう風に出来ている『欠陥品』だから。

修学旅行になんか行きたくないと、唯に言った。
行きの新幹線の中では案の定近くにいた『誰か』を不愉快にさせてしまって、逃げるようにその場から立ち去った。
バスの中では寝たふりをした。
集合写真の時は誰とも目を合わせようとしなかった。
旅館の部屋には俺以外の誰もいなかった、だけどそれでも構わないと思っていた、それで誰もが『幸せ』ならそれで良いと思っていた。
だって――

俺の傍にいて、そんな風に笑顔を見せてくれる人が、あいつ等以外にも居る。
そんな事を知ってしまったら、それを信じてしまったら、きっと今まで以上に『独り』が辛くなるって、そんな事判り切っているはずなのに。

「……な、なあ、彩峰さん」
「ん?」
「……えーと、その…あ、彩峰さんは何で――」

キミの傍に誰かが居てくれる事に、キミがはやく馴れますように

無粋に過ぎる質問を投げかけようとした瞬間。
その祝詞は、まるで鈴が唄うかのような透明な響きでもって、俺の胸の内を強く揺さぶった。
それは、青い空の下で、蒼い木々に囲まれた境内で。
まだ白い午前中の陽射しに照らされて、その佇まいは白衣よりもなお純白の輝きに満ちていて。
そんでもって、その身につけていた鮮やかな緋色の袴よりも、俺の顔を真っ赤にさせてくれやがったあの人の声だった。

「なんで……なに?」

言葉を途中で区切られたため、顔に疑問符を貼り付けたまま首を傾げる彩峰。
今の今まで自分が質問しようとしていた事の愚かさに気付いた俺は、せっかくの『楽しいお買い物』の空気をぶち壊さないために必死になっていた。
アレでもない!
コレでもない!
えーと、えーと!

「何で……こ、こっちの『BOZU』じゃなくて『BUSS』の方を選んだのかなーって思ってさ」

慌てて周囲を見渡し、そこに偉そうにふんぞり返っていた『BOZU』のマグカップを手に取る。
ずいっと目の前に出された『BOZU』を見て、彩嶺さんの顔に再び笑顔が戻った。

「おーっ、相沢さんセンスいいっ。 いーですねコレ、渋いですねっ」
「だ、だろ? あはははは」
「ではせっかくなので、相沢さんオススメの『BOZU』を買ってきます。 えーと、そこから動かないでくださいね? いいですか、絶対ですよ」
「はいはい、動きませんよ」
「はぐれたりしたら泣きますからね」
「何なら神に誓おうか?」
「誓って下さい」
「おーけい、私はこの場所から動かない事を、イエス・キリストに誓います」
「……あ・い・ざ・わ・サン?」
「八百万の神に誓います」
「はい、よろしい」

満面の笑みで、ハゲオヤジのマグカップをレジに持っていく彩嶺。
中々どうして情緒に満ち溢れた構図だとか馬鹿な事を思いながら、それでも俺は、気がつけばやっぱり彩嶺と同じように笑っていた。
口先だけだった『楽しいお買い物』が現実のものになっていると云う感覚すらないままに、俺は自然と笑っていたのだった。

「お待たせです」
「待ちました」

意図せずそんな軽口を叩けるようになった。

「さて、それじゃ先に進もうか」
「そうですね。 でもその前に……」

言葉を交わすのに身構える事もなくなった。
でも――

「さっき、本当は何を質問しようとしていたんですか?」

そんなのとは全く別次元の話で、相沢祐一は彩嶺京都と云う少女の事を何一つ理解していなかったのだと。
俺はこの後、たっぷりと思い知らされる事となったのだった。

BOZUが睨みを効かせている町並みに、西日がゆっくりと暮れていく。