まったく唐突にだった。
散歩途中の祐一の身体から突如として力が抜け、壁に手を着いても立っていられなくなった。
気持ちが悪い訳じゃない。
吐き気がする訳でもない。
ただ、それこそ漠然と『身体から力が抜けた』のだった。

思い当たる節はたった一つ。
『自分は最近ほとんどと言うかまったく血を吸っていない』
メチャクチャ判りやすくて、且つメチャクチャ危険な状態だった。
知っての通り祐一は吸血鬼で、吸血鬼とは血を吸うから吸血鬼と呼ばれているのであって。
じゃあ何で血を吸うのかと聞かれたらそれは生きる為に仕方なく吸っているのであって吸わなくても生きていけるのなら誰が血なんか吸うもんですかって感じであって。
だけど吸わなきゃ死ぬ訳でだからしょうがなく吸っているのであってなのに最近はまったく血を吸ってない訳で。
要するに祐一は今、血が足りなくて死にそうなのであった。
貧血なんて生易しいもんじゃない。
人間の症状で例えるなら出血多量死の一歩、いや半歩手前。
吸血鬼は棺桶で寝るのが一般的だとは言え、実際に棺桶に片足を突っ込んでいる状態だなんて洒落にもなりゃしない。
祐一は日本語の比喩表現の秀逸さに思わず心の中で拍手をした。

地面に両手をつき、必死で意識を保とうとする。
だが、上手くは行かなかった。
ちらちらと舞い落ちる雪が視界の片隅に入り、祐一はそれを見ながらふと考えた。
何故、雨で濡れると焼け爛れるのに雪が体温で解けて濡れる分には平気なのだろう、と。
最もそんな質問に対する答えは何処にも無かったし、その質問自体が祐一の現実逃避から来ている事は誰の目から見ても明らかだった。
『消滅』
出来るだけ意識しないようにしていた言葉が、今ははっきりと脳裏に浮かぶ。
それを嫌だと思う暇すらなく、祐一の思考は闇の中に消え去っていった。