「いもうとやー。 いーもうとー」
「竿竹売りのような声の調子で私を呼ぶのはよせ、兄上。 二十年前のお値段だと勘違いされたらどうするのだ」
「安心しろ。 二十年前にはお前はまだ生まれちゃいない」
「だが作られる気配ぐらいはあったのだろう?」
「そりゃこの家は女の嫡子を欲しがってたからな……って、お前なぁ」
「なんじゃ?」
「作られるとか、言うな。 仮にも箱入りの娘御だろうが、しかもチタン製のごっつい箱」
「その頑丈な箱に外の光と空気とを取り込む穴を開けてくれたのは、他でもない兄上であろうが」
「……スイマセンでした」
「何故頭を下げる。 感謝しているのだぞ? 私は」

そう言って妹は目を細め、午後一番の白い光が降り注ぐ石庭を見やった。
水辺を表す白い砂。
山岳を表す石組。
木々を表す種々の苔。
庭師の手によって完璧なる調和を保たれているそれらは、まさに枯山水としての本懐である『世界の凝縮』を俺達に見せていた。
だが。

「ここにあるのは所詮、箱庭じゃ。 綺麗に形を整えられてはおるが、その分だけ、真実など欠片も見せてはくれぬ」

旧家の体面に囚われ。
家督を継ぐ者としての掟に縛られ。
家訓、因習、禁忌、監視。
比喩表現の介在する余地もなく、妹はまさに”箱入り娘”であった。

「覚えておるか? 兄上。 ほれ、そこの塀じゃ。 五十(いそ)松と門扉脇の灯篭との丁度真ん中辺り」
「……思い出したくない、と云う事を思い出した」
「ふふふ……あの時の兄上は、本に愉快じゃったぞ」

口元を和服の袖で覆い隠し、ころころと笑う妹。
そう言えば”あの時”も、こんな風に笑っていた。
妹が笑ってくれる嬉しさ半分、笑われていると云う恥ずかしさ半分。
促されるままに白塗りの塀に目をやれば、まるで半刻前の事のように、”あの日”の事が甦ってきた。