「妹よ」
「なんだね兄上」
「錯覚、と云うものを知っているか?」
「人並み程度には知っておるが…」
「人間の視覚と云うものは存外に適当なモノだ。
 思い込みや心理状況などで、目の前の像を易とも簡単に自分の都合の良い方へとすり替える。
 ああ勿論、都合の悪い方へだって捏造する事もあるな。
 ほら、昔から言うだろ? ”幽霊の正体見たり枯れ小沢”って。
 アレは通常国会で居眠りばかりをしてまるでその場に存在していないか如しの民主党代表の小沢を皮肉って」
「兄上、それ以上は色々とまずい」

まずい、らしい。

「尾花、だな。 枯れ尾花。 兄ちゃんは知ってるぞ、決して素で間違ってた訳なんかじゃないぞ」
「兄上。 いい加減に――」
「まぁ待て妹よ。
 『幽霊が居るのではないか』と云う心理状況にある者は、ススキの穂が風に揺られている風雅な姿すら幽霊と見紛うのだ。
 無論、ススキはススキであり、幽霊などと云う非科学的な妄想の産物などでは決してない。
 ススキ野原の横で明るく楽しいクラス会なんぞを開いてみた日には、100人が100人とも『これはススキだ』と答えるだろう。
 つまりこれは特定の心理状況下における人間の視覚の頼りの無さを非常に簡潔かつ克明かつ季語まで取り入れて情緒豊かに歌い上げた日本俳諧屈指の――」
「兄上!!」
「ひゃいっ!」

怒られた。

「……察するに? 要約すると、兄上はこう仰りたい様だ。
 お前が目にしたものは、お前自身が”そう”と決め付けた不純極まりない視線で物事を見ているからこそ見えた錯覚であって?
 何の先入観もない清廉潔白純真無垢な視線で捉えれば、当方には完全完璧塵芥一つまみほどのやましさもないのだ、と」
「……そ、その通り。 全てはお前の目の錯覚で――」
「そんな訳あるかあー!!」

どっかーん!
ぶち切れた。

「これだけの不埒な書籍を山積みにしておいてからに! まだ錯覚だの何だのと往生際の悪い事をぬかしおるか! 兄上!」
「だからそれこそが錯覚なんだって! これはちっともやらしくないごく普通の!」
「ごく普通のなんじゃ!」
「……はい、エロ本ですね、紛れも無く」
「〜〜〜〜!! こーの大戯け者がぁ!!」

その後、俺の蔵書は全て焼却処分された。
心なしか巨乳系の雑誌から順に憎悪を込めて焼かれていった気がするのだが、目の錯覚だと思うことにした。
まだ死にたくはない。