今は昔の物語。
まだ世界が混沌の中にあり、人々は常に平和を求めていた。
剣と魔法。
それだけが自らを護り得る全てであり、大切な人を護り得る全てだった。
魔物から。
暴君から。
そして自らを脅かす全ての存在から。
 
戦う事でしか勝ち取れない自由を人々は選び、そして争った。
人と魔との戦い。
そして時には、人と人との戦い。
多くの戦いは血と涙を多量に地面に吸わせ、その代わりに束の間の平和を人々に齎した。
 
仮にその時代を神の創った時、神創世紀と名付けるとしようか。
その始まりを、人々は語り継がれた神代の戦い『第一次神界大戦』からだと数える。
BGC(BEFOER GOD CENTURY)0028年、絶対神であるゼウディンと悪魔神サタナリゥムが戦いを始めた。
人語を絶する戦いで、七つの大陸と七つの月が砕けた。
世界が十分の八ほど破壊された頃、両軍勢は玉砕を覚悟して最後の戦いに望んだ。
BGC0001年、神は至高の武器を創りたもうた。
神剣レーヴァテイン、神槍グングニル、神弓ストラディヴァリウス、神鎚トゥールハンマー。
後世にまで名立たる神器。
四つの武器は四人の天使に与えられた。
即ちミカエル、ウリエル、ラファエル、ガブリエルである。
時を同じくし、魔王も極魔の武器を創りたもうた。
魔剣グラム、魔鑓ロンギヌス、魔弓レイザーフォーテル、魔鎚ダイオンメイス。
闇に名高き死を纏う魔具。
四つの武器は四人の魔神に与えられた。
即ち、ベルゼバブ、アシュタロス、バヌディウム、ベルガスである。
四大熾天使と四死天魔神。
熾烈を極める争いに終止符を打ったのは、大天使長ミカエル。
身を焦がす程の神的炎氣を纏い、己身を厭わずに神剣を振るう姿は正に熾天使のそれであった。
四死天魔神を失った悪魔神は、終に追い詰められ、それでもなお神軍の四分の三を焼き払い、地に臥した。
 
これが人々の語り継ぐ『第一次神界大戦』である。
此処から歴史は始まり、紡がれていく。
誰一人、この話を疑うものは居ない。
現に魔物は存在し、自分たちの身を脅かしているのだから。
 
GC0079年、十三人の黒魔導師が聖域より最も遠い洞窟で悪魔召喚を行った。
結果として召喚は成功した。
しすぎた。
下級の(とは言っても人間界においては絶大な力をもつ)魔物を召喚するための儀式だったのだが、失敗した。
いや、やっぱり成功しすぎた。
魔術が未熟だったのか、それとも卓越しすぎていたのか。
魔物召喚の儀式は何時の間にか魔界と人間界を繋ぐ時空湾曲トンネルを作ってしまったみたいで、そこから先は想像に容易い。
魔物が次々と人間界に乱入し、蹂躙の限りを尽くし始めたのだ。
幸いにして、魔界直通のトンネルは早期発見によって閉じられたので、魔神クラスの人間界進出は避けられた。
だが、やはり下級の魔物でも人間界にとっては大いなる脅威。
さらにその中には魔人クラスの奴まで居た。
統制を持たない群れと、統制された群れ(統制されている群れは既に群れとは呼べないのだが)では勝手がまったく違う。
この戦いでは全人口の七分の四が死に果てた。
戦争の終わりは一人の勇者の登場。
永遠を思わせる深い漆黒の瞳を持つ彼を人々はこう呼んだ。
『エターナルマスター』 『永遠の住人』 『黒帝(くろのみかど)』
名を、折原浩平。
四天騎士団の一つ、東天騎士団の第一部隊の一員だった彼。
最前線で戦う下級騎士が、気が付けば四天騎士団を束ねる聖天騎士団の近衛兵にまで昇進していた。
それもまた、必然。
彼の登場により、戦局は一気に人間側に有利になったのだ。
最も有名な戦いが、GC0079、10.29に実行された連邦政府一斉決起作戦。
作戦名『空の落ちる日』
鬼神の如きその戦果より、彼は17と言う異例の若さで聖天騎士団の第七師団団長に就任。
さらに最終決戦を控えた12.25。
地球連邦政府軍直轄近衛部隊【FARGO】に抜擢される
そしてGC0079、12.31。
再び開かれつつあった魔界と人間界を繋ぐ時空湾曲トンネル、通称『永遠の扉』での最終決戦。
多数の犠牲の上に、遂に浩平は第七階級魔人グロチウスを倒した。
これをもって『第一次人魔大戦』は終結を迎えた。
 
だが、人間は嫌な生き物であった。
この戦争の勇者である浩平を、一部の権力者は邪魔に思い始めたのである。
理由は簡単。
自分よりも先の大戦での功労が高く、民衆の支持も高い奴が野放しにされているのは危険だと感じたからに他ならない。
その気になれば、彼は今すぐにでも自分の支持者を集めて一大国家をも築ける所にまで来ているのだ。
邪魔に思わない訳が無い。
早急に手は打たれた。
明らかに人為的に流される噂。
『浩平は人間ではない。 奴は魔物だ』
嫌と言うほど魔物の脅威を知っている民衆は、それこそ面白いくらいに噂に踊らされた。
喉もと過ぎればなんとやら。
自分達を魔物の襲撃から救ったのは誰だったのか。
忘れていたわけではないが、それでもやはり………
GC0083 地球連邦政府軍直轄近衛部隊【FARGO】は折原浩平を国家転覆を企てた第一級大逆罪を罪状として捕獲にかかった。
浩平は憤慨した。
自分が戦ってきたのは何のためか。
自分が戦ってきたのは誰のためか。
俺は利権を貪る犬共の為にこの身を血に染めて来た訳じゃない!
戦った。
この戦いによって、本当に逆賊としての扱いを受ける事になると判っていても。
それすらも上層部の人間の思惑通りだったとしても。
浩平は戦った。
FARGOの部隊員数百名と浩平一人の戦い。
浩平を慕う女性陣がこの戦いに参加したと言う記録は残っていない。
きっと、おそらく、逆賊として戦う事になることを識っていた浩平が彼女達を巻き込む事を恐れたのであろう。
多勢に無勢。
浩平は、敗けた。
生きたまま捕らえられ、不当な裁判にかけられた浩平は投獄の身となり、幽閉されながら、人を呪った。
そしてGC0091年、獄の中で浩平は本当に魔と成り果てた。
 
脱獄、破壊、殺戮。
すぐさま浩平は第一級の犯罪者として、魔人として世界指名手配になった。
だが、世界は彼の味方をした。
彼が幽閉されていた十数年間、タクティクス連邦は人々に重税と圧制を強いてきたのだ。
得るものの無い戦争の後はいつもそう。
疲弊しきった国家は、その再建を民衆の血と肉から創り上げる他無い。
無いが、同時にそれが民衆の怒りの炎を向けられるのは、それこそ火を見るよりも明らかだった。
かくして、浩平を帝王とする人民解放戦線【ONE】とタクティクス連邦の、今度は人間同士の戦いが始まった。
『人間同士』と謳ったのは、浩平もまた人間であったから。
一度は魔に身を窶したものの、自らを慕う者達の集まりの中で次第に人としての心を取り戻してきたのだ。
それが如実に現れたのは、いよいよタクティクス連邦との総力戦をが始まろうとした日の事。
全軍に届くような――――たとえそれが物理的に不可能な事だったとしても―――奮い立つ声で浩平は叫んだ。
「確かに俺達は生まれた所も、瞳の色も、肌の色も言葉も文化も違う。
 だけど………そんな奴らが一緒に、俺と一緒に戦ってくれるなんてこれほど嬉しい事は無い。
 たった一つの幸せを得る為に、たった一つの理想の為に、俺達は今此処で一つになる事を誓おう!!
 俺達の合言葉は――――――【ONE】だ」
そう言ったときの浩平の目には、最早憎しみは無かった。
側近の女性陣が彼の心の最大の拠り所となったかどうかは史実には残っていない。
在るのは、戦いは即座に終結したと言う事実のみ。
元々疲弊しきっていたタクティクス連邦は、開戦たった三ヶ月で無条件降伏の白旗を議事堂にはためかせた。
『皇帝戦争』と呼ばれるこの大戦は、後の世の国家体制の基盤となる皇帝制が確立した事でも有名である。
 
GC0187年、既に亡骸となっていた浩平の身体に異変が起こる。
(この世界では火葬は稀であり、殆どが土葬。 しかも浩平は初代皇帝であるため、木乃伊として安置されていた)
安置されていたはずの木乃伊に生気が宿り始めた。
人々(浩平の木乃伊を直に見れるほどの地位にある者限定だが)は困惑した。
初代皇帝が黄泉路より還り賜うたか、それとも………
結果として悪い方の予感が的中した。
浩平の、浩平『だった』身体は魔に乗っ取られた。
元々が人間よりもむしろ魔族に近い所為だったのか、それとも一度その身を怨恨に堕とした所為か。
あるいは『第一次人魔大戦』で浴びた、魔人の血が怨嗟を呼びこんだか。
どちらにせよ、強靭な肉体と精神を持った骸は魔の住処にはうってつけだった。
そして蘇る。
甦る。
黄泉還る。
皇帝は闇の皇帝として再び地に降り立った。
同時に『第一次人魔大戦』以来身を潜めていた亜人、魔物、暗黒魔導師もが立ち上がった。
先の人魔大戦など比ではない。
絶対的なカリスマと魔力、そして奇妙な人間臭さ。
魔であり、そして人である浩平の魅力は世界の半分の狂信的な『人間』をも支配した。
当然の如く、当時この世界では最大の組織となっていた【ONE】の人間は当惑する。
自分達は『折原浩平』と言う人に惹かれ、そして焦がれて【ONE】を創った。
浩平と共に、新しい一つの世界を創ろうとしてきた。
それは第一線を退いた身であっても、そして次の世代に浩平の偉大さを説いてきた身においても同じ。
皆は【ONE】の理想通り、『一つ』になろうとして頑張ってきた。
それこそが生きていく意味だった。
なのに今、その【ONE】が浩平と対立しているではないか。
どうしたら良い。
何が正しい。
どうすれば自分の『正義』が見えるのだ。
明確な答えなどありはしなかった。
覇気の無い帝国軍の抵抗は弱々しく、またそれに歯止めをかけれる者も居なかった。
そしてGC0188年。
【ONE】の統治下にある小国『ミュー』の首都陥落と同時に、臨時帝国議会での総員第一級戦闘配備勧告が出された。
有史以来最大の戦乱と言われる『第二次人魔大戦』の始まりである。