奥深い森の中を歩く三人組の足が、誰が初めと云うでも無しにその動きを止めた。
男が二人に、女が一人。
風体から察するに男が前衛で女が後衛、後衛の女は魔法を主として戦うタイプの様だった。
もっともその判断の根拠など、雰囲気と背負っている得物からの断片的な情報でしかないのだが。

「……なぁ香里」
「何よ」
「どうやら俺は最近とみに目が悪くなってしまった様でな、何やら幻覚が見えたりするんだが」
「偶然だな相沢。 俺にもみょーな幻覚が見えたりする」
「ふむ、そうするとやはり向こうの方でこっちを睨んでるリザードマンの群れは俺の目の錯覚か」
「そうとも、そうに決まってるさ。 なぁ美坂」
「この状況でそんな冗談を言えるあなた達の神経を誉めて欲しいなら、誉めてあげるけど?」

言いながら魔昌石をあしらった杖を構える香里。
どうやら引く気はさらさら無いようだった。
余計な手間を取りたくはないと祐一も北川も思ったが、今から迂回して別の道から街道を目指すのも骨が折れる。
何しろこの森に入ってから既に数回迷っているのだ。
これ以上の時間的なロスは、食料や体力の消耗よりも、王女との『約束』の時間に遅れかねない危険性をも孕む。
世界政府【ONE】の直接統治を受けぬ、北方の辺境ながらも厳然たる姿勢を崩さぬ気高き王国【Kanon】
その王国直轄である魔物殲滅機関のエース部隊、通称『美坂チーム』として、それだけは何としても避けたいところだった。
近道なんか、するんじゃなかった。

「二人に60秒間の速度増加の祝福。 その上で30秒後に後ろから雷撃を叩き込むからね。 逃げ遅れたら死ぬわよ」
「つまり30秒以内でカタをつけろって事か」
「オーケイ美坂。 まかしとけ」
「……それならそれで楽だから構わないけど、急いてしくじっても助けてあげないわよ」

何て冷たい言い草だ、と背負った薙刀を捨ててダガーを両手に持ちながら祐一。
バカだなそこが良いんだよ、と鋭利な爪の付いた手甲を嵌めながら北川。
全く無視して精神集中を始める香里。
三者三様ながら、高まる魔力を敏感に察知して向かってくる複数体の怪物【モンスター】を殲滅しようとする心構えだけは共通していた。

「ん―――――っ、ていっ!」

頭の中で呪文詠唱を全て済ませてしまったのだろう、香里のロッドから確かな祝福が眼前の二人へと降り注いだ。
戦闘における時間限定の速度増加を目的とした、【風】の精霊魔術。
複数体を相手にするには攻撃力よりも機動力を増加した方が良いとの、香里の判断だった。

「うーし! 相沢祐一、突貫します!」
「同じく北川潤、出るっ!」

いつもながら身体が軽くなる感覚が、不謹慎ながらも心地良い。
なんとなくテンションが高くなった二人は、言うが早いか文字通り一陣の風となった。
そもそもが敵のレベルに対して機動力が乏しい訳ではない。
加えて今の二人の装備は、乱戦向きの軽量な物。
今までに歩いてきた分の疲労をマイナスしたとしても、例え【風】の祝福を受けていなくても、あの程度の敵にに負けるような二人ではなかった。
ただ少し、疲れるだけで。

一体目。
阿呆の様にデカイ口を開けながら突進してきたソイツは、旋風が通り過ぎた後には二度と口を閉じられる状況ではなかった。
下顎から上が、無い。
気がつけば顔の半分から上は地面から世界を見上げており、それから数瞬ほどしてやっと赤黒い血が胴体と頭の両方から溢れ出した。

二体目。
北川が擦れ違い様に全体重を掛けたボディーブローを叩き込み、その衝撃で前のめりになった首筋に祐一の短剣が深々と突き刺さった。
その剣を軸にして、直線だった動きを円に転換する。
首筋の肉と神経が抉れて二体目の絶命がより確実になったのは、その副産物でしかなかった。

三体目。
どう見ても状況に対応しきれていない魔物。
しかし、【爪】では殺しきれない。
祐一に全ての始末を押し付けることを嫌った北川は、囁くような小ささで呪文詠唱を始めた。
終わらぬ内に、祐一の刃が3体目の四肢を切断していた。

四体目。
呪文詠唱を終えた北川の拳が、魔物の背中に打ち込まれた。
硬いウロコの隙間から、僅かに【爪】が肉を裂いた。
瞬間、流れこむ魔力。
【炎】の精神魔術、爆裂【バースト】
敵は内部から爆ぜ、飛び散った血肉に祐一が顔をしかめた。

五体目以降は、全て北川の【爆裂】を伴った拳で片付けられた。
北川一人でも余裕だと悟った祐一が、魔物の破片で汚れるのを嫌って一歩離れた所からの傍観に徹したからである。
それを遠くから見ていた香里も呪文詠唱の為の精神集中を止め、その場に置いてある二人分の荷物を肩に担いだ。

やたら重いので、やっぱり二人がこっちに戻ってくるのを待つ事にした。