「既に鏡伝書【ミール】でご存知かとは思いますが……【ONE
】は統治する各国総員に向けて第一級戦闘配備勧告を出しました。
 これは事実上【ONE
】が【エターナル】に対して発した宣戦布告、ひいては全世界を巻き込んだ世界大戦の狼煙となるでしょう」

一連のホームドラマチックなドタバタが通りすぎた後。
先程までの笑みを欠片も残さず、祐一は厳しい表情で王女である秋子を見詰めた。

「出すぎた発言だと承知の上でお尋ねします。 王女。 我々はこの先どのような立場でもって動くおつもりですか?」

言葉通り出すぎた発言に、謁見の間に居た兵士が少しだけざわめいた。
王国お抱え対魔機関の若きエースとは言え、逆に言えばあくまでそれは能力の突出している一兵卒であると云う事。
いかに王族と近しい血縁関係にあろうが、流石に一国の行末を尋ねるのは些か身分を超えた行動であった。
本来であれば不敬であるとして咎められても仕方の無い発言。
だが、この時ばかりは違っていた。

「……優しいですね、祐一さんは」

優しい笑みと共に、王女は『秋子』としての言葉を祐一に返した。
その場に居た誰もが頭に『?』を浮かべ、しかし当の本人である祐一だけにはしっかりと意味の通じる言葉。
あんなにも身分を弁えない発言に対して、ともすれば王女を問い質すような発言に対して、事もあろうに『優しい』とはどう云う事か。

「【臣下】として訊いたのは、私に【王女】としての逃げ道を与えてくださったんですよね」
「え、いや、えーと……」

祐一が国の行末を甥っ子として訊ねてしまえば、秋子はその関係故に応えを拒否する事が出来なくなる。
何故なら、親しい間柄には越権も何もありは無いのだから。
王国【Kanon】にとって非常に重要であり、事と場合によっては『伝えたくない言葉』になってしまうやも知れぬ王の考え。
それを言い淀むことはつまり、暗黙の内に王が国の行末に何らかの不安を抱いている事が露呈されてしまう事に繋がっていた。

だが、【臣下】として尋ねれば。
秋子は、【王女】として祐一の言葉を一蹴してしまう事が出来るのだ。
『伝えたくない』言葉を、越権を咎める王の威厳に包み隠して。

呆れるほどに深い位置で秋子を想う祐一と、その気遣いを寸分違わずに受け留める事の出来る秋子。
中々どうして出来る事ではないと、香里は自分の隣りで照れくさそうに髪を弄っている親友の横顔と美しい王女を交互に見比べた。
相棒として、仕えるべき人間として。
この二人は自分が想像するよりも遥かによく出来た人間だ。

「大丈夫ですよ。 これでも、一応は王女ですから」
「……はぁ」
「王国【Kanon】は独自に防衛ラインを引き、黒帝軍【エターナル】に対しては自国領を守ると云う意味での戦闘・迎撃態勢を取ります」

非公式ながら、王女水瀬秋子の発言。
これが【Kanon】にとって初めての、後に【第二次人魔大戦】と呼ばれる有史以来最大の世界大戦における彼等が取るべき姿勢が明確に示された発言であった。
ちなみに、王立図書館の国史ではこの謁見より二日後に初めて女王の勅命が出されたと記されている。