「む、そこを行くのは祐いっちゃんじゃねぇかい!」
「む? そんな俺を呼ぶ声はウオマサの旦那」
「久し振りだな。 出張はもうお終いかい?」
「いやー、実はまたすぐに出張しなきゃないんだなコレが」
「また? 帰ってきてからまだ一両日も経ってないじゃねーか」
「火急の用事なんだってさ。 まぁ例によって例の如く、詳しい事は教えらんないんだけどさ」

苦笑しながら、少しだけ肩をすくめる祐一。
その表情は出張による疲労と言うよりもむしろ、出張する目的自体に不満があるような感じだった。
勿論、王国御抱え退魔機関の若きエースとしては王女である水瀬秋子の勅命に逆らう事など出来る筈も無く。
って言うか、祐一が秋子さんの『お願い』を断るなんて事が出来よう筈も無く。
青い空と白い雲が清々しい午後二時三十八分の商店街で、祐一はまた一つ、小さなため息を吐くより他に出来る事がなかった。

まったくもって、憂鬱だ。


* * *


祐一が秋子より新たに受けた命令。
それは、王国【Kanon】の衛星都市国家である【マーチ】へ、王女勅命の特使として向かえと云うものだった。

世界連邦政府【ONE】は、既に総員第一級戦闘配備勧告を出している。
これは【ONE】が創立されて以来初めての事であり、それだけに各国の緊張感も凄まじいものだった。
諸国間の物資や人材の行き交いは全て左令官管轄下四省庁の完全監視下に置かれ、国内では緘口令、厳戒令が発布されている。
統治国家に対してすら上記のような厳戒体制なのだから、世界連邦政府に組しない王国【Kanon】に対する処遇など推して識るべきであった。

だがしかし、水瀬秋子王女はこの有事下においてすら、【ONE】と歩調を同じとする事を是としなかった。
それどころか、独自の戦線を展開する姿勢を、この段階では非公式ながら明らかにした。

常より【Kanon】は世界連邦政府未加入国として疎んじられている。
そこに振って湧いた【エターナル】の進行による戦闘配備勧告と、【Kanon】の独自戦線展開宣言。
この二つを足して出てくる答えとしては、『【Kanon】は【ONE】の敵と見なされても止む無し』が最も妥当だった。

であるから、秋子が衛星都市国家に対して特使を送るのは至極当然の行為であった。
特に戦時下においては、互いの関係を密にし共同戦線を張る事によって、各個では成し得ぬ強大な戦力の確保をする事が重要になってくる。
祐一にだってその事は充分に判っていたし、任務の大切さだって重々承知していた。
衛星国家と言うくらいだから【Kanon】と【マーチ】の間の距離は徒歩で一日にも満たないし、両国家が共同で衛士を立てている街道の安全だって多少は保障されている。
ならば何がそんなに気に入らないのかと言うと、それはやっぱりこの一言に尽きるのであった。

衛星都市国家【マーチ】の現統治者は久瀬隆臣であり、次期当主には息子である久瀬光臣が就く事になっている。

祐一は、まったくもって憂鬱だった。