「水瀬秋子王女の勅命により、永世独立国【雪割】の長に親書を届けに参りました。
 私の名は美坂香里、王国特務機関第666課所属の課局員です」

傅き、頭を垂れる。
今のこの粛々とした姿を見れば、あの兵士達の畏れも賛辞に代わっただろうに。
隣りで同じ様に跪きながらその横顔をこっそりと盗み見た北川は、ポーカーフェイスのままにそう思った。
まったく、見る目がないったらありゃしない。

「美坂さん、ですよね。 祐一さんのお知り合いの」
「え、あ、は、はい」
「祐一さんからお話しは聞いてたんですよー。 怒るとおっかない人だって」
「お、おっかな……」

香里のコメカミがぴくぴくと動く。
しかしさすがの美坂さんも、他国の王族を前にしてどっかんする事だけはできなかった。
そんな事になったら水瀬王女に対して面目が立たないし、美坂チームのリーダー失格だし、それより何より。

「………」

倉田佐祐理の傍らで剣を携えている近衛兵に、キッチリ十六等分されかねない。
抜刀してもいないのに驚くほどの威圧感を発している側近の存在に、”あの”美坂香里ですら背筋に冷たい汗が浮かんでいる事を否定できなかった。
これが、川澄舞。
此処に至って香里は、自分の認識が百花屋のイチゴサンデーよりも甘かった事を悟った。
自分は未だ黒帝と直接対峙した事は無いけれど。
この人なら、魔法なんか無くても勝てるんじゃないだろうか。

「……はい、了解しました」

凍りついた背筋を柔らかな声が溶かす。
はっと気付いて顔を上げるとそこには、水瀬王女に勝るとも劣らないほどの美しい微笑みが待っていた。
流水のような動きで親書が元の封に納められ、その事でようやっと自分の仕事を思い出す。
それにしても、と香里は思った。
この人の容姿こそが、万人をして美しいと言わしめる類のものではないのだろうか。
答えなんて勿論ありはしなかったのだが。
とにかく。

「倉田家息女、倉田佐祐理。
 今は席を外している我が父倉田祐弥に代わり、水瀬秋子王女からの親の義を慎んでお受けすると、宜しくお伝え下さい」
「しかと、承りました」

【Kanon】と【雪割】が、経済面のみならず武力面でも一枚岩と化した。
この結果を受けて、【雪割】と【マーチ】もこれまで以上の結束と連携の密を図るようになった。
物資、兵力、共にもはや無視できぬ存在。
第三勢力、【Kanon】の発足であった。