その日、夏が終わった。


千年もの永きに渡り翼人を捕え続けた、呪縛と言う名の縛鎖。
それは、地上に住む者の【悲しみ】を一身に受け続ける呪いだった。

子供を目の前で殺された親の。
親を目の前で失った子供の。
最愛の者を、守れなかった者の。

産まれては死に往く脆弱な人間の悲しみは、しかしその数と反比例するかのように恐ろしく強い。
あまりに強い負の情動は国土草木灰八百万の神々に干渉し、堆積した霊質は数多の異形へと変容を成し遂げる。
事実、彼女が空に住まう以前の彼の国では異形に因る災厄が尽きた事は無かった。
平安と呼ばれる時代にそれは最盛を迎え、帝が住まう京の都にすら鬼が跋扈する有り様であった。

しかし、ある時を境に異形―鬼と呼ばれる種族―は姿を消す。

悲しみが紡がれなくなった、違う。
人の生き死にはこの辺りより更に加速し、留まる所すら知らぬ様相を見せ始めていた。
神々の世界が崩壊した、違う。
人々が語り継ぐ神界大戦は少なくとも境より500年は後の事であり、この時点では神と人はすぐ隣にて息を吐いていた。
鬼を皆殺しにした者が居た、違う。
鬼とは人の内より産み出だされる者なれば、完全に殲滅するのが不可能なのは自明の理である。

彼女は空で、泣き続ける。
数限りない人々の悲しみをその身に受け、痛みと悲しみとで涙を流し続ける。
禍禍しき情動は彼女の心に濾過され、成仏を遂げた魂からは鬼は産まれない。
そう、彼女は此岸と彼岸に架かる橋に張り付けられた人柱だった。
彼女でなければ、為し得ぬ業だった。

翼人とは人で在って人で在らざる者。
およそ思い付く全てが種族としての人間を軽く凌駕し、その容姿はいずれを問わず美しい。
そして何より、『器』が違っていた。

一千年の永きに渡り、数百万の悲しみを受け留め続け、尚且つ壊れぬその精神。

幸か不幸かと問われれば、彼女にとって翼人で在った事は恐らく不幸であっただろう。
壊れぬが故に永久の獄を抱かされ、満ちぬが故に涙を注がれ続ける。
まだ幼い女童であったのにと心を痛める者は、既に尽きて久しかった。
神奈備命、齢一五の夏の事であった。


そして夏は廻った。


青年は旅の人。

旅の道連れはふたつ。
手を触れずとも歩き出す、古ぼけた人形。
『力』を持つ者に課せられた、遥か遠い約束。

空に座する者を神と呼ぶのならば、まさしく彼女は神を観る者だった。
神の記憶を継ぐ者だった。
少女の名は、神尾観鈴。
しかし悲しいかな、【人間】の器に【翼人】の記憶は膨大に過ぎた。
少女の器は、易とも簡単に壊れた。
それは、千年前から決められていた事なのかもしれなかった。

とある夏の熱い日。
二人は出会い。
二人は別れ。
二人はまた出会った。

形を変え姿を変えてもなお二人は出会い、共に空へと昇る道を歩んだ。
途中で辞める選択肢もあっただろうに、その道を歩み続けるのはどれほどにか辛かっただろうに。
それでも彼と彼女は歩き続け、その先に待ちうける残酷な結末すら意に介さず。
幸せな記憶だけを糧に、それだけを胸に。

翼人の縛は解かれた。
その日、夏が終わった。
しかしそれは、新たな悲劇の幕開けでしかなかった。

時に世は神創世紀百八十五年。
第二次人魔大戦の起こる三年前であり、折原浩平が黄泉還る二年前。
翼人の解放は、世界の各地に異形が跋扈し始めるのと、時を重ねていた。
恐らく、偶然ではなかった。