国崎往人は驚いた。
まず、道端に少女が倒れている事に驚いた。
行き倒れにしては肌の血色がいい。
熟睡にしては場所が不適当だ。
取り敢えず口元に手を翳すまでもなく胸の上下で呼吸を確認した彼は、そこで二つ目の驚きに遭遇した。

国崎往人は驚いた。
次に、倒れている少女が全裸である事に驚いた。
こんな場所でヌーディストビーチを体現するとはいやはや勇気のある女だ、と彼は思った。
欲を言えば自分の好みはもう少し年齢が上の女性なのだが、いやそうじゃないだろう。
思わず上から下までじっくりと裸体を見学しようとした所で、彼は自分の思考回路が些か混乱している事に気付いた。
そして彼は、三つ目の驚きに遭遇した。

国崎往人は驚いた。
彼女の背中に比類無き純白の翼が在る事に、これまでの人生の中でも一・二を争うくらい盛大に驚いた。
空の少女。
羽根在る者。
飛神(とびがみ)、天人(あまつびと)、その呼び名は多岐に渡るが、その中でも最も皆に浸透した呼称で呼ぶならば。
彼女は、国崎往人がその生涯をかけて追い求めていた伝説の存在、翼人だった。

翼人と言うからには人型であるとは思ってたが、まさか少女だとは思わなかった。
じりじりと肌を焦がす太陽の下で腕を組みながら、往人は今一度目の前で横たわっている翼人を上から下まで眺めてみた。
好みかどうかはさて置いて、顔の造形は一般水準よりも遥かに高いランクに位置している。
胸が小さいのが難点だが、よくよく全身を見てみればまだ年端も行かない少女。
俺のストライクゾーンに入ってなくて良かったな小娘、とか思った時点で、またしても彼は自分の思考がおかしな方向に向かっている事に気付いた。

「とりあえず…服だな」

そう、何よりもまず現状を打破する為には服が必要だった。
往人の思考が一々混乱に陥るのも、多分に彼の性格的なものもあるだろうが、何よりまず彼女が服を着ていないのがいけない。
加えてこんな状況を誰かに見られたりした暁には、彼の輝かしい人生史に大いなる汚点が残る事になってしまうだろう。
何しろ今の状況を客観的に説明すれば、全裸の少女が倒れている横に黒尽くめの人相の悪い男が立ち竦んでいるのである。
国崎往人プロフィール、年齢不詳、無職、住所不定。
プラスして未成年者略取に強姦未遂。
非常に笑えない。
そもそもが笑えない経歴なのはさて置いても、濡れ衣で性犯罪者のレッテルを貼られる事だけは勘弁してほしいと彼は思った。
しかしいくら勘弁してほしいと思ったところで、彼女に着せるべき衣服は一向に出てこなかった。
しょうがないので彼は、とりあえず自分の着ている黒い長袖を脱いで彼女に着せてやった。
その際に手間取っていろんな所に触ってしまったのは不可抗力だと、誰に言うでもなく彼は呟いた。

「……悪化してないか?」

状況説明。
半裸の少女が倒れている横に、上半身裸の目付きの悪い男が立ち竦んでいる。
彼の努力も空しく、誰かに見られた場合の状況は確実に悪くなっていた。
しかし今更、一度着せたものを脱がす訳にもいかない。
そんな所を見られたらそれこそ言い訳のしようが無い。
はてどうしたものかと考えた挙句、国崎往人は、残された選択肢としてとりあえずズボンも脱いでみた。

「………」

何も解決しないどころか、性犯罪者への道をドゥカティに乗って時速180kmでぶっ飛ばしている気がした。