「……なんだって?」

振り返り思わず訊き返したその声は、発した本人ですら驚くほど剣呑な響きに彩られていた。
本来ならば観鈴が生きていたと言う言葉は、現状において何よりも喜ぶべき言葉のはずなのに。
その為ならば何を捨てても構わないと思えるほど渇望している未来のはずなのに。
それでも、一度傷付いた心は、容易には『希望』を信じようとはしなかった。
『希望』を抱けばいつか裏切られ、淡い望みは泡と消える。
抱かずにさえいられれば、この世界はこんなにも『絶望』と縁遠い。
そして絶望を知らずに生きていく事ができたなら、それは幸せな事なのではないだろうか。
たとえ希望を知らずに生きていく事しかできずとも、ありのままを受け入れる事ができるのは幸せではないのだろうか。

「お前、いい加減な事をっ―――」

いい加減な事。
言い切って初めて、往人はその言葉の持つ罪深さに気付かされた。
彼女の言葉をそのままに信じれば、自分はまた『絶望』の種を抱え込む事になるだろう。
だが己の傷を恐れるばかりに俺は、観鈴が生きていると云う『希望』までをも切り捨ててしまおうとしているのではないか、と。

希望と絶望はよく似ている。
否、『種』の時点では全てが希望なのだ。
実を結ぶか結ばないかによって、その樹は希望と絶望とに分けられる。
しかし育ててみなくては、実が結ばれるか否かを定める事すらできないのだ。
水をやり、光を与え、朝な夕なに言葉をかける。
そこまでした希望の種に裏切られる事は、確かに酷く辛いだろう。
いっそ育てなければ良かったと思う事もあるだろう。
だがそれでも―――

「観鈴が……あいつがまだ…」

一緒に過ごした時間は忘れられないから。
それだけでも人は、生きていけるから。

「そんな事が本当にあるなら……俺は―――」
「生きておるよ。 彼女は今もこの空の下で、お主と同じ風を感じておる」
「―――っ」

どこか時代錯誤な言い回しをする彼女の言葉にはそれでも、違和感すら払拭するほどの不思議な説得力があった。
女童とは思えないほど毅然とした眼差し。
佇まいからも見て取れる高貴な育ち。
何よりも彼女の背中には、全てを信じるに足る一対の翼が在った。
その羽根が僅かに濡れて見えるのは、受け留め続けて遂に溢れた誰かの涙か。
それとも、抑えても抑え切れぬ『力』の余波が翼を輝かせているのか。
どちらにしてもその姿は陽射しの下に余りにも神々しく、そしてそれ故にばかりでもなく、往人はぐいと目尻を腕で拭った。

泣いてなどいないと、誰に言うでもなく心の中だけで呟いた。
微かに濡れた手の甲は、未だ終わらぬ夏に晒されて直ぐに乾いた。