長い黒髪に響無鈴の髪飾り。
太腿の半ばまでを覆い隠す丈違いの黒シャツと、それ以外は何も身につけていない事を物語る白い脚。
そして黒シャツの背中を突き破る形で顕現している、一対の白い翼。
子供のような体躯の割にその姿は妙に扇情的であり、扇情的でありながらも近寄り難いほど、彼女は『神』に程近かった。
最後の翼人、神奈備命。
千と余を越える年月を過ごしながらも未だ外見(そとみ)の齢は十と五を数えるほどであり、幼いと言えば彼女の容姿は余りに幼かった。
だが、それで『誰か』に己を侮らせるほど、神奈の纏う空気は軽い物ではなかった。

「成る程……お主が”往人さん”であるな?」

そう言ってから眼前に立つ往人を上から下まで繁々と眺め、ふむふむと一人納得したように頷く神奈。
往人は何やら勝手に品定めをされているようにも感じたが、不思議と嫌な気持ちはしなかったので取り敢えずそのまま棒立ちしている事にした。
何よりも、その、彼女が口にしたもう随分と久方ぶりに聞く言葉が胸を強く締め付けたから。

「お前……今、何て?」
「”お前”とは何事だ。 余にはちゃんとした神奈備命と云う名前がある」

ぷぅと頬を膨らませ、その後に『無礼者』と続かんばかりの視線を投げつける。
そんな事を言ったら初対面の人間を上から下までジロジロ見る方が無礼なんじゃないかと思ったが、どっちもどっちなので往人はそれを言及する事を止めた。
無駄な会話はできるだけ省きたい。
今はただ何よりも、アイツの事が欠片でも知りたい。

「悪かった、神奈」
「許可も得ずに呼び捨てか……まったく、不遜な所まであの益体なしとそっくりだの」
「そうしてほしいなら『様』でも何でもつけてやる。 だから今は俺の問いに答えろ」
「観鈴、の事か?」
「ああ。 何でもいい。 ただしできるだけ詳しく教えてくれ」

有無を言わさず、とはこの事だろうか。
端的な言葉のみを選ぶでもなく叩きつける往人の様子には、余裕と云うものが全く感じられなかった。
挑むような眼光で心胆を射貫くかと思いきや、縋るかのような眼差しで心根を揺さ振る。
無骨な体躯と無愛想な態度からは思いもよらないほどに繊細で傷付きやすい硝子細工を胸に抱え持つ眼前の男に対し、神奈は確信にも似た予感を抱いていた。
たとえこの先に何があろうとも、自分がこの男を心の底から嫌う事は、どんな長い生涯に渡ろうとも決して有り得ないだろうと。

「何でも良い、と言われても困るのだ。 まずは焦点を絞ってくれぬか?」
「……観鈴が、生きていると言っていたな」
「うむ。 言った」
「何処に居る。 あいつは何処に行った!」
「………」

語気荒く詰め寄る往人に対し、神奈はただ黙ってその細い指を天へと向けた。

「空に」

空に。
彼女は、空に居る。
彼女は空で泣き続ける。
今までも、今も、そしてこれからも―――

「それは……生きてると言えるのか?」
「余がこうして此処に立って居る事は、証明にはならぬかの」
「……じゃあ観鈴は……まさか観鈴が?」
「余を責めたくば責めるが良い。 どう言い繕おうとも、観鈴は余の形代とされたのだ」

夏は、終わってはいなかった。

「黄泉平坂その麓。 此岸と彼岸に掛けられた橋の袂。 彼女は今も泣いておる。 今にも墜ちてきそうな、この空の下での……」