「いやぁぁぁぁぁ!!」
 
多数の人間でごったがえしている学食に、絹を裂くような悲鳴が響き渡った。
親しい者の死を間近で目撃したかのような、暗い夜道で暴漢に襲われたかのような、この世に存在する者全てが本能的な恐怖を覚える類の悲鳴。
いかに学食が戦場とは言え平日の昼下がりに耳にするにはあまりに異質な声に、その場にいた生徒はおろか厨房の中にいたおばちゃんまでもが手を止めて声の方に視線をやった。
と、そこに居たのはやっぱりと言うか何と言うか、ぶっちゃけてしまえばこの学校で最も『騒動』の二文字が似合う面々の姿。
なんだまたかと思いつつも、皆は顔面を蒼白にしながらAランチに脅えている少女の姿から目を離せなかった。
 
あれだけの悲鳴だ、きっととんでもない事が起こったに違いない。
まさかチキンライスの色付けに血液が使われていたとか。
まさか付け合せのポテトサラダが妙に犬っぽかったとか。
まさか気付かぬ内に落としてしまっていたおばちゃんの指がスープの中に?
 
「い、イチゴムースが無いっ?」
 
ガタガタガタガタっ
 
全員、こけた。
多分に古いリアクションだった事はこの際気にしてはいけない。
 
ボケがあり、リアクションもあった。
どうしようもなく突発的なイベントだったが、本来ならばこの騒ぎはここで終わるはずだった。
デザートのイチゴムースが自分のAランチに付随していない事は確かに驚くべき出来事だが、タネを明かせば簡単な事。
大方おばちゃんがトレイに乗せ忘れただけだろう。
誰もがそう思ったし、それ以外の解釈などしようが無かった。
だが―――
 
「全員その場を動くなぁっ!」
 
ガタっと椅子を鳴らしながら立ちあがる一人の男の姿がそこにはあった。
発す言葉は緊張に満ち、目付きは真剣そのもの。
むやみに真面目な態度で皆を見まわす男の存在に、その場にいた全員は思った。
『またか』
 
「これは……密室殺人だ!」
 
密室でもなければ殺人でもない。
その場にいた全員がまたも同じ事を思ったが、口に出せる無謀者は誰も居なかった。
彼等の判断は、概ね正しかった。
 
「無類のイチゴ好きである名雪の急所をピンポイントで狙い打つ的確さ。
 雑多な喧騒の中で淀み無く行われた凶行。
 その場に居る事に誰も違和感を感じる事がなかった同調性。
 被害者の嗜好を把握し尚且つ学食内部の創りに精通している人物、つまり今回の事件はこの学園の学生による内部犯に間違い無い!」
 
びしいっ!
誰ともなくを指差し、祐一は非常に偉そうに言い放った。
なるほど確かに一応は理が通っている。
しかし、祐一の提唱した犯人像はあまりに抽象的で対象者が大勢過ぎた。
そう、例えば―――
 
「一応言っておくけど、今この場で最も疑わしき人物はアナタよ? 相沢君」
「なにぃっ!?」
 
香里の言葉に大ダメージを受ける”迷”探偵、相沢祐一。
まぎれもなく、被害者の嗜好をよく知っていて学食の創りを熟知していてその場に居ても違和感の無いこの学園の生徒だった。
 
「お前がやったのか!」
「ち、違う! 俺じゃない!」
「っは。 犯人はみんな揃って同じ事を言うもんだ!」
 
もはや様式美と読んでも差し支えのなくなった言葉で祐一を責めながら立ちあがるは、二人目の”迷”探偵。
名を、北川潤。
先程までは追い詰める立場であった祐一を一転して犯人の立場に追いやるその姿は、見様によっては祐一よりも役に立つ様に見えたりした。
 
「来い! 話しは署でたっぷりと聞いてやる」
「お、俺は無実だ! 頼む、信じてくれ!」
「この後に及んでふてぇ野郎だ! 往生際よくしやがれ!」
 
ズルズルと引き摺られて学食から連れ去られていく祐一。
冤罪である事は誰の目にも明らかだったが、勝手な妄想で暴走していた彼に同情の余地は無かった。
学食に、また元の平和が戻った。
 
「……私のイチゴムースはー?」
 
当事者でありながら完全に蚊帳の外で放置されていた名雪が呟いた一言は、すぐ隣に座っている香里の耳にすら届く事は無かった。