まだ学食にて
 
相沢祐一は犯人ではない事が、多分に主観の交じった論法ではあるがそれでも一応の所は証明された。
そもそも香里が祐一を犯人扱いした事に根拠が有った訳ではないし、本気で犯人だと思っていた訳でもない。
やたらとノリの良い親友が彼を連行していった事以外、事態鎮静化と言う点に重点を置いて行われた彼女の発言は概ね成果を挙げていた。
だが。
 
「私も今日はAランチだったんです」
 
今、彼女の目の前には一人の後輩が居た。
瞳は何処までも涼しく、佇まいは何処までも清楚に。
果てしなく『和』を思わせる彼女は、およそ古風な人間が諸手を挙げて大絶賛しそうな『大和撫子』を形にしたかのような女性だった。
天野美汐。
『別ジャンルだ』といくら自分に言い聞かせても、香里は、愛する妹の魅力が彼女に様々な点で遠く及びそうにない事だけは否定できなかった。
 
「今日”は”?」
「ええ」
「いつもは?」
「かけそばです」
 
一杯200円。
しかも経済的な女性だった。
ちなみに、Aランチは400円。
B定食は350円になる。
 
「話の腰を折ってごめんなさい。 続けて―――って、ああ、そーゆーこと」
「はい」
 
本日、水瀬名雪のAランチのトレイにはイチゴムースが乗っていなかった。
”迷”探偵である相沢祐一がそれを内部の人間が行った犯行だと騒ぎ立て、香里はそれを一蹴した。
それを踏まえた上で、天野美汐は自分もAランチをオーダーしていた事を香里に告げた。
何が言いたいかなど、これ以上無く明白だった。
 
「これは、無差別殺人です」
 
恐らくはわざとだろう、祐一の言葉を真似てボケにもならないボケをかます彼女の姿は、普段の言動とのギャップも相俟ってやたらと可愛かった。
『無差別殺人』
判りやすく言えば、今日に限って全てのAランチを頼んだ人間は全員がこの『無差別イチゴムース欠損事件』の被害者であると言う事だった。
 
仮にもプロである所の学食のおばちゃんが、一日に二人もの人間にイチゴムースを提供し損なう事など有り得るか。
もちろん一概に全く無いとも言い切れないのだが、それでも確率的には0と呼んでも差し支えの無いほど低いパーセンテージだろう。
何故ならば、昨年度の初め辺りからずっと、『Aランチのデザートはイチゴムース』と固定されていたのだから。
考える必要など、微塵も無い作業。
Aランチにはイチゴムース。
既にルーチンワークの域にまで達していてもおかしくない動作を違えるなど、しかも一日に二度も間違いを犯すなど、およそ考えもつかない事態。
故に、仮説1である『おばちゃんの手違い』は消えた。
 
「犯行予告が無かった事をも考慮すれば、これは計画的殺人ではなく発作的、もしくは突発的殺人ですね」
「確かに。 事前にイチゴムースの在庫が切れることが判っていたのなら、それ相応の代償か告知が義務だものね」
 
仮説2、『イチゴムースの在庫切れ』も却下された。
いくら学食とは言え提携している会社はちゃんとしたイチ企業だろうし、であるからには商品の搬送にはそれなりの責任を持っているはず。
だのに事前の告知が無い事を考えれば、それは即ち今日の分のイチゴムースが届かなかった事が学食側にとっても予想外の出来事だった事の証しとなるだろう。
ちなみに、美汐の言う『計画的殺人』や『突発的殺人』は、そのまま事前の情報の有無に相当する・
そう、つまりこれは内部の人間の犯行などではなく―――
 
「―――外部犯」
「そう考えるのが妥当かと」
 
『たかがイチゴムース』で終わるはずだった些細な事件は、今や周囲の誰もが予想していなかった展開へと大きく飛躍しようとしていた。
 
「……にぅ〜…いちごぉ〜」
 
若干一名の当事者を置き去りにして。