「……外部犯だと?」
「ええ、少なくとも私と天野さんの意見はそこで一致したわ」
 
祐一を胸に抱きながら、香里がさらりと言い放つ。
しかしながら、その一言は祐一にとって『さらり』で済まされる言葉ではなかった。
何故ならば、つい数分前まで祐一は自分で組みたてた理論でありながらも『内部犯』の疑わしき人物筆頭として北川に詰問されていたのだ。
それが、根底から覆された。
無実が証明された。
いいやそれどころじゃない、真犯人は他に居る!
万人が出来る事なら死ぬまで埋もれて居たいとさえ思うであろう香里の柔らかな胸の感触ですら、”迷”探偵としての目の輝きを取り戻した祐一には拘束力を持たなかった。
うばっと胸から顔を離し、がしっとゼロ距離から両肩を掴み、本気で告げられた「ありがとう」の言葉。
『不覚』と思った瞬間にはもう遅く、香里の顔はえらい勢いで真っ赤になっていった。
そう、それはあたかもイチゴの様に。
 
「北川! 学食の責任者は誰だ!」
「責任者? 学食委員会の会長なら溝口だが……」
「よし判った! 行くぞ!」
「もう代替わりしたんじゃないかってうおぉぉーっ?」
 
一瞬、北川の足が浮いたように見えた。
だが、次の瞬間にはもう祐一と北川の姿は教室から見えなくなっていた。
代わりに廊下から聞こえてくる、「廊下を走るな馬鹿者!って言うか何処に行く!」って声と「喧しい一大事だ!」と言う声。
時計を見れば、既に五時間目が始まっている時間だった。
チャイムの音が聞こえなかったのは恐らく、そんな事よりも遥かに面白い事が教室内で行われていたからだろう。
呆れ顔で廊下の向こうを見ながら教室に入ってきた荒川の顔でようやく5時間目の開始を知り、3-Bの面々は渋々ながら少しだけ気分良く教科書を取り出した。
その場にいた誰もが、どさくさに紛れてこっそり居なくなった香里の行動を咎めるほど無粋な生き方をしてはいなかった。