「やれやれ、真相は闇の中か」
 
溝口が自分の教室に戻ってから数刻。
授業中故に人のいない廊下で、北川が拍子抜けしたように呟いた。
多少ムリヤリにではあるが学食委員会会長の溝口から聞き出した情報は、しかし既存の犯人像からの脱却を計れるほど重要な情報ではなかった。
メーカー側の配送ミスと云う線ならば、イチゴムースの欠落が発覚した時点で真っ先に疑っている。
しかしその件に関してメーカーからの謝罪および説明が無い。
これはつまり、責任の所在がメーカーでも学校でもなく、トラックの運ちゃんにこそ在るものと思って間違いは無さそうだった。
だとすれば、今回の件はこれでお終い。
まさかメーカーに問い合わせてまで運転手の個人情報を入手し、その上で糾弾する訳にもいかないだろう。
少なくとも、北川はそう思っていた。
だが。
 
「……いや、ちょっと待て」
「ん?」
「おかしいとは思わないか? だってイチゴムースは定時に工場を出たんだろ?」
「ああ、溝口の話しではな」
「だのに現状はどうだ。 ドライバーからもメーカーからも、そして警察からも連絡が無い。 こいつはちょっと不自然じゃないか」
「だからメーカーは―――」
「例えば、だ。 トラックの運ちゃんが事故に遭っていたとしようか。 その場合、まずは車種や免許証から会社の方に電話が行くはずだ」
「まぁ、仕事中の事故だからな」
「メーカーに事故の通報があればどうするか。 当然、ドライバー名簿か何かでその日の配送先を調べるだろう」
「なるほど。 それでメーカーから連絡が無いのはおかしいって事か」
「ドライバーからの連絡も同様だ。 商品の納品時間に遅れるようなトラブルがあった場合、何を差し置いてもまずは会社と顧客に連絡をいれると思って間違いは無いだろう」
「って事は……」
 
徐々に浮き彫りになっていく真実に、北川の表情が少しだけ訝しげなものになった。
配送ミスじゃない。
交通事故じゃない。
ドライバーが極度のイチゴジャンキーでもない限り、荷物持ったままバックレて連絡の一つも寄越さないでいるとは考えられない。
って事は、って事はやっぱり。
 
「連絡を入れないんじゃなくて、連絡を入れられない状況に陥ってるって考えるのが妥当ね」
 
突然の声に驚く二人。
聴き慣れた声なんで振り向く前から判っちゃいたけど、振り向けばそこにはやっぱり美坂さんが居たりした。
腕組をして、難しそうな顔をして、だけど授業をサボって。
 
「おいおい香里。 授業をサボるのは良くないと思うぞ?」
「少なくとも相沢君にだけは言われたくないわ」
「おいおいみさ―――」
「北川君もよ」
 
ぴしゃっと打ち据えるように言って、香里は小さく笑った。
ともすれば『セリフの先読み大成功』の笑みだと思われがちだが、実はそうではなかった。
もっと純粋に、もっと単純に。
完結に言ってしまえばそれは、『やっぱ三人は楽しいなー』って感じの笑顔だった。
たとえ誰かに揶揄されようが、授業サボりで先生に怒られようが、全てを些細な事だと思えるくらいに『三人』は楽しい。
そこに加味されているのが日常を遥かに飛びぬけたドキドキミステリーなら尚更だ。
含みの無い微笑みの理由に気付いたのだろう、祐一と北川もまた小さく笑った。
名探偵一人、”迷”探偵二人。
 
「姉さん、事件です」
 
楽しそうに宣言した祐一に姉が居るかどうかなど、この際どーでもよかった。