私立華音学園高校付属図書及び郷土資料館。
驚くほどの蔵書量とそれに反比例するが如き閑静な佇まいは、イチ私立高校の図書館と呼ぶには些か完成されすぎていた。
チリ一つ落ちていない清潔な空間。
読書スペースには南向きの窓からの柔らかい光が差し込み、しかし大切な本には日が当たらない完璧な設計。
前会長の趣味で雇われたんじゃないかと噂されるほど綺麗な司書のお姉さんの存在も、この場所の人気に一役買っていた。

「おじゃ」
「まじょ」
「………何よその目は。 間違っても『ドレミ』なんて言わないからね」

カラカラと遠慮がちに開けられたドアから、微塵も遠慮の無い様子で入館する三人組。
他に利用者が居たら迷惑でしかないだろうその声は、しかし今現在に限っては誰にも憚る必要なんて無かった。
何故ならば今の時間は、5時間目の真っ最中。
こんな時間に図書室を利用している生徒なんて居る訳が無いし、居たとしてもそれは即ち授業をサボっている人のはず。
一般利用者への開放日でない事も合わせて考えれば、やっぱり『誰か』の迷惑なんて微塵も考える必要は無かった。
だが。

「ダメですよ相沢さん。 図書館内ではお静かに」

ぱたん、と読んでいたハードカバーの本を閉じ、聞き分けのない子供に優しく諭すが如き口調で注意を促す後輩。
射し込む金色の光の中に、その仕草やら雰囲気やらはやっぱり年齢不相応で、しかしそれはとてもとても素敵なものだった。
読んでいた本が『愛蔵版 バンドやろうぜ!』だった事はこの際見なかった事にする。

「あ、天野?」
「遅かったですね。 もう少し早く来ると思ってたんですけど」

俺が来る事は確信していたのか。
驚きとも戸惑いとも取れる感情に支配されてぼんやりとその場に立ち尽くす祐一を見て、美汐はまた小さく微笑んだ。
この人は、かわいい。
そんな美汐を見て祐一も思った。
こいつ、可愛い。

「………」

見詰め合う二人を見て美坂さんがなんだか憮然としていたのは、また別のお話しだった。