「お前、授業は?」
「授業より相沢さんと一緒に居る方が面白いと思いまして」
「……何で俺がここに来るって判ったんだ?」
「女の勘、です」
「……おっかねぇ」

そんな、どこかで聞いた事があるようなやり取りが繰り広げられている図書館内。
天野美汐の存在は少しばかりなんてもんじゃないレベルで驚きだったが、それ以外の部分では概ね彼等の予想は正しかった。
現在の図書館利用人数、四名。
自分たちの会話以外の物音、無し。
これなら誰に憚る事無く『イチゴムース会議』が開けるだろう、と祐一は思った
ちなみに祐一の勘定には、司書室の端っこの方で幸せそうに芥川竜之介の『羅生門』なんかを読んでいる壬さんは入っていない。
どうやればあんなにもホンワカした顔で羅生門を読めるのか。
それだけが今も、祐一の心に疑問として残り続けていた。

「さーて、そんじゃ始めますか」

何処から取り出したのかルーズリーフを目の前にしてカチカチとシャープペンの芯を出し、何事かを綴り始める北川。
たった4人で円卓も何も無いと思うのだが、それでもルーズリーフには『第五十三回イチゴムース欠損事件捜査円卓会議』と書かれていた。
残念ながら、『五十三回』の部分に突っ込む人は誰も居なかった。

「とりあえず今までに判っている情報を書き出すとだな――」

1.イチゴムースを積んだ車は今日も定時に配送会社を出た
2.学食としては、今日も普段通りイチゴムースを皆に提供するつもりだった
3.イチゴムースドライバーからの連絡は、現時点では会社にも学校にも届いていない

「――と、こんな感じだ。 他には何かあるか?」
「俺からは何も無いが、天野はどうだ? 何か目新しい情報は」
「いいえ特には。 美坂先輩は?」
「あたしも無いわ。 って言うか、確信性のある情報はあなた達二人が溝口君から聞き出した物しかないんじゃない?」
「そうか。 なら確認するべきはこの程度だな。 ここから先は推理の範疇だ」

そう前置きしてから、祐一は自分の方へとルーズリーフを引き寄せた。
スラスラと淀み無く動くペン先と真剣な視線からは、普段の奇行など微塵も覗えない。
こうまで様相を変えられると何やら二重人格なのではないかと疑ってしまうほど、今の祐一は真面目な表情をしていた。
それは、逆説的に普段がとてもアホだと言う事を示していた。

「情報1と2から推察すれば、イチゴムース欠損の直接の原因は配送ドライバーにあると思われる。
 しかしそこに情報3を組み合わせて考えれば、一転してあながちドライバーの責任とも言えなくなるんだ」

会社の責任でもなく。
ドライバーの責任でもない。
浮かび上がるのは、第三の存在。

「俺と北川は全ての情報を組み合わせた結果、配送ドライバーが何者かによって拉致監禁、あるいはそれ以上の事態に陥ってると考えている」

ルーズリーフ上に丸で囲まれた『???』が書き込まれ、それから『配送ドライバー』に向けて矢印が伸ばされる。
そして香里や美汐が他の仮説を立てる間も暇も与えられないままに、配送ドライバーは大きなバツ印によって消された。
拉致。
監禁。
それ以上の事態。
平和な図書室の中で口に出してしまえばなんとも陳腐なその響きは、しかし誰の表情にも笑みを浮かべさせる事はなかった。
無論、心の中ではまだ半信より半疑の方が優勢のままである。
誰だって直ぐさまには上に挙げ連ねたような非日常の単語を受け入れられるはずが無い。
だが、それを否定し得るだけの材料が今の彼等に揃っていない事もまた確かだった。

「異論は?」

静かに女性陣を見比べる祐一の問い掛けに、二人の名探偵はこぞって口を噤むだけだった。