「北川、地図」
「あいよ」
「香里、配送工場とウチの学校が両方入る程度に拡大コピー」
「自分でやりなさい」
「天野、お茶」
「粗茶で宜しければ」
「出すんかい」

北川の突っ込みがコピー機の『ガー』とか云う鳴き声に掻き消されて、それから三分後。
薫り高い湯気を立てる緑茶が四つと適度に拡大されたコピー地図数枚が机の上に並んだ所で、ようやく会議が再開された。
お茶っ葉の入った缶が美汐の制服のポケットから出てきた所なんて、誰も見ていない。
見ていない、事にした。
これが梅昆布茶だったら祐一は結婚を申し込んでいたかもしれない。

「えーと、ウチの学校が此処で……なぁ、クヌギ食品って何所だ?」
「市内のはずですが詳しい所在地はちょっと…」
「あー、俺知ってる。 確かこの辺に、んー、あ、あったあった。 これだ」

ぴったりと頭同士をくっつけながら地図を覗き込む祐、北、美汐。
ほんのちょっとの照れとタイミングの悪さがマッスルドッキングしてその輪の中に入り損ねた香里は、拗ね気味に小さく呟いてみたりした。
まるで小学生の、社会科の授業みたい。
しかしながら多分に羨ましさの残る声になってしまったので、香里は今の呟きが三人の内の誰にも聞こえていない事を願った。
そして残念ながら、その願いはあっけなくも棄却されていた。

「ほら、香里」

くつくつと笑いながら自分と美汐の間にスペースを作る祐一。
その表情は、縦横斜めどの角度から見たって香里をからかう事の楽しさに緩んでいた。

「な、なによ」
「まったく、寂しがりやなんだから香里は」
「んなっ、だっ、別に寂しがってなんて―――」
「美坂ー、俺の隣りも空いてるぞー。 むしろ美坂が来てくれないと俺が淋しくて死んじゃうかもー」
「〜〜〜〜〜っ」

照れる美坂さん、顔まっか。
呆れる美汐さん、はふーと溜息。
そんな二人を見て見ぬ振りで「香里は俺の隣りだ」「いいや俺の隣りだ」と言い張る祐一と北川は、何て言うかやっぱり小学生みたいだった。

「美坂っ」
「は、はいっ?」
「俺の隣りに来てくれるよなっ」
「あ、え、えーと…」
「香里」
「は、はいっ」
「俺の隣りは、そんなに嫌か?」
「い、イヤって訳じゃないけどでも…」

不意に真面目な表情。
真面目な声。
そんないきなり『どっちか』を選べだなんて言われたって、と美坂さんは多いに困り果ててしまった。
三人だから、楽しいのに。
どっちも同じくらい大好きだからって、いやいや、あたしが言ってるのそーゆー意味の『好き』じゃなくってでもだけど…
そんなのって卑怯なのかな…
『どっちか』を選ばなきゃ、ダメなのかな…

「……相沢さんと北川先輩の間に入ればいいでしょうに」

何時の間にか椅子に座ってお茶を飲みながら、窓の外を見詰めて呆れの色強くぼそっと呟く天野美汐。
美坂さんが自分がからかわれていた事に気付くのは、それから二秒後の事だった。