「しかし犯人の目的がイチゴムースじゃないとすると、話がまた振り出しだな…」
「いいえ、振り出しにまでなんて戻らなくていいんですよ」
「ぬ?」
「戻るのは、ほんの少し前まででいいんです」

諭すように優しく言いながら、祐一の湯のみに注がれる、二杯目の緑茶。
このまま四杯まで飲み続けたら、きっと夜は眠れなくなるんだろうなと祐一は思った。
太平の、眠りを覚ますペリーさん。
たった四人で夜も眠れず。
ん、何か違う気がする。

「……相沢さん? 聞いてますか?」
「お、おう。 聞いてるぞ」

嘘ばっかり。
口には出さずとも、その視線だけで美汐の思いは確実に祐一に伝わった。
あはは、と軽い笑いを見せながら片手で謝る祐一に、それでも美汐は優しく微笑むだけだった。
本気で怒るような場面じゃないし、本気じゃないなら咎め立ててもしょうがない。
それならと微笑を選択できるだけの余裕を持つ女性がどれだけ素敵かを彼女は知らなかったが、それもまた些細な事だった。
何故ならば彼女は、そんな事を知らなくても、充分過ぎるほどに魅力的なのだから。

「イチゴムースが欲しかった訳じゃないんです。 でも、犯人が襲うのはクヌギ食品のトラックじゃなきゃなかった」
「……どゆ事だ?」
「言葉通り、ですよ」

言ってから美汐は、チラッと香里の方に視線を向けた。
それは、謀らずも普段から香里が好んで用いているフレーズを自分が使ってしまった事に対する何らかの後ろめたさからか。
それともまったく真逆の、現状における様々な視点から抱いた一種の優越感からか。
どちらかを判断するだけの情報は今この場には無く、美汐もそれを如実に表したりはしなかった。
ただ何となく、一連の流れから取り残されぎみな美坂さんはこう思った。
面白くない。
そして何となくだけど、北川は思った。
女同士の争いならマジで勘弁してくれおっかねぇ。

「金は天下の回り物なんですよ? 相沢さん」
「へ? あ、ああ。 そりゃ確かにそうだろうけど何でまた今そんな事を」
「これは言葉通りの意味だけじゃなく、社会としての仕組みも『そう』なっているんです」
「社会の、仕組み?」
「この中でどなたか、親御さんの職業が公務員だと言う方は居ますか?」

唐突に話の鉾先を祐一から全体に向ける美汐。
意図的かそうじゃないかは判らなかったが、その瞬間に彼女の表情は若干の変化を見せた。
刹那でも瞬きをすれば見逃していたであろう、些細な『温度』の低下。
だがその表情の動きは、香里にある一つの確信を抱かせた。
彼女が見せた表情の変化は、間違ったって『今から真面目な話しをするから』なんて類の物じゃない。
今のは、明らかに『相沢君』と『それ以外』に対する変化だった。
なるほど…成る程ね。
食堂でも微かに感じたけど、これで確信したわ。
この娘は相沢君を―――

「はーい。 俺の親父、高校の教師やってるぜ」
「ほう? そりゃ初耳だ」
「地方公務員とは言え転勤が激しいからな。 だからこうして俺は一人暮らししてるんだが」
「北川先輩は、お父さんの給料日をご存知ですか?」
「ああ、何たってその日が仕送りの日だからな。 毎月の中日、15日のはずだ」
「へー。 公務員の給料って月の真ん中なんだ」
「あれ? みんな15日じゃないのか?」

不思議そうな顔で首を傾げる北川。
それに対し祐一は、口元に手を当てたまま暫く無言のままだった。
薄く目を閉じ、そうかと思えば半眼で中空を睨み、その次にはまた目を閉じる。
その仕草は言うなれば、一種のトランス状態に見えない事もなかった。
瞼を閉じ、唇を噤み、一秒、二秒、三秒。
やがて無言が10秒を数え、北川がそれを不審に思い声をかけようとしたその時。

「……そうか」

祐一の中で、全てのピースが組み合わさった。

「ええ、そうです」

内容を聞きもせずにしかし祐一の全てを信頼している美汐が、ゆっくりこっくり頷いた。