この町には現在、三つの廃車置場が存在している。
一つは中須町に。
もう一つは菜畑町に。
そして最後の一つが、三笠町に。
それぞれが上から順に第一、第二、第三廃車置場と番号付けられ、番号の若い場所の廃車からスクラップ工場送りになっているらしかった。
各置き場から次の場所への廃車の移動は隔月と定められていているが、第一と第二は常に埋まっているのがここ二、三年の通例。
それ故に大抵の場合、新規の廃車は三笠の第三廃車置き場へと回される事になっていた。
日に集る廃車の数は大都市などとは比べるべくもないが、それでもトキワ廃車回収業者(株)はこの辺一帯の広範囲をカバーしている中堅所である。
新たな廃車が送られてこない日などは殆ど無く、周囲の住民にとってもそれは周知の事実であった。

「なるほどね……そんな場所があるなら、どんな時間にどんな車を捨てていこうと問題ないだろうな」
「はい。 実際にクヌギ食品のトラックも三笠で見かけた事がありますし、犯人が地元の人間ならほぼ間違い無いかと」

ナカスにナバタにミカサにトキワ。
全てが全て知らない単語で形成されているこの町の地図は、祐一の頭には少しばかり容量過多であった。
えーと、通学路の途中にある川ともう一本の川に挟まれた所が中須町で、川向こうの商店街を挟んで左側が…なんだっけ。
駅の向こうが月ヶ岡だってトコまでは覚えたんだが、その先どこからが風見台かが判らないんだよな。
あの冬から4ヶ月……少しはこの町にも馴れたと思ってたんだけどな……

祐一の心に刺さったそれは、小さな小さな棘だった。
その棘を『疎外感』と名付けてしまうには、痛みの程度は仄かに過ぎる。
だが気の所為で済ませてしまえるほどには、その痛みは小さくもなかった。

その土地に住む人間が、自らの生活圏内で起こした事件。
それを紐解くために必要なのは、何よりもまず『その土地の人間である』と云う共通項なのではないだろうか。
人格の形成や行動パターンの確立には、生まれ育った環境が非情に大きく関与する。
無論『環境』の枠の中には人的要因も多分に含まれるのだが、それを差し引いたとしても『町』とは余りある要因であると言える。
いや、むしろ人的要因までをも含めてが『町』だと言った方がいいだろう。
都会では信じられないほどに縦と横とが絡み合う、この小さな雪の降る町。
ずっと過ごしてきたコイツ等と、遠く離れてしまっていた俺。
ひょっとしたら自分はこの事件を解決するのに何の役にも立てないんじゃないだろうかと、祐一はふとそんな事を思ってしまっていた。
誰が悪い訳でもない。
それでも何となく漂う、自虐にも似た無力感。
人に悟らせるほど拙く生きてなどいないと、心の中で思った次の瞬間にはもう、祐一は隣を歩く美汐に顔を覗き込まれていた。

「……何でもないぞ。 先に言っておくけど」
「私も先に言っておきます。 『それでも』、私は相沢さんを必要としているんですよ?」

何とも奇妙な会話だと、祐一は思った。
だけど、不思議と安心している自分もそこにはいた。

「勿論、『そこに居てくれるだけでいい』なんて使い古された甘ったるい言葉は使いませんけどね」
「じゃあ……天野は俺の『何』をそこまで必要としてくれているんだ?」

素朴な疑問を、思ったままに口に出す。
何か期待した答えがあった訳ではない。
祐一には純粋に、美汐が何を自分に求めているのかが判らなかった。
自慢じゃないが勉強はできない。
ケンカの腕だって然程でもない。
容姿に自信が持てるほど己惚れてもいなければ別に天野が金目当てだと言ってる訳じゃないけど経済力も無きに等しいこの俺の何を。
キミは、求めて―――

「判りません」
「……はい?」
「判らないんですよ、相沢さんの場合。 何処がって訊かれても困りますし、此処かって言われても困りますし」

判らないし困るのだと。
キッパリはっきりピシっとシャンと。
完膚無きまでの自信を持って、美汐はそう言い放った。
そして、祐一はその言葉にちょっと少しかなり凹んだりしていた。
途方も無く青い空の下、柄にも無くしょんぼりする祐一。
しかしもっと柄にも無かったのは、そんな祐一の様子を見てあわあわと落ちつきをなくした美汐の姿だった。

「あ、あのっ、勘違いしないで下さいよ?」
「ん?」
「その…別に否定的な意味で言ったのではなくてですね? 判らないからこそいいのではないかと、少なくとも私はそう思っているのですけど」
「……そのココロは?」
「相沢さんと居ると、面白いんですよ。 次から次へと予想外の事ばかりで、しかもそれが楽しくて。 もう一秒だって目が離せないくらいです」

はてそれは動物園の珍獣とか小学校低学年の子供を見ている時と同じような心境なんじゃないだろうか。
最近よく見るようになった美汐の微笑みに『棘』を優しく抜かれながら、祐一は半分以上照れの混じった思考回路でそんな事を思ってみた。

「それはアレか? 俺は珍獣レベルか?」

実際に口に出してみたりもした。

「本当に、そう思っていますか?」

今一度その顔を覗き込みながら、美汐が問いかける。
それはもう、全てを見透かしたかのような余裕のある表情だった。

「……知るか」

案の定、祐一の照れ隠しは徒労に終わったらしかった。