「……で、本当に何なんだテメー等は」
「ん? だからさっきから言ってるだろ。 俺達は正義の味方、その名も【天野戦隊ミシレンジャー】だ」
 
びしっと。
ばしっと。
何故だか判らないけれども物凄く誇らしげでしかも楽しそうな祐一の声が、秋口に入りかけた雪の降る町の空気を緩やかに動かしていた。
何時の間に決めたのだろうか、部隊名までもしっかりと決定されている。
相沢祐一曰く、【天野戦隊ミシレンジャー】
当然の如く部隊名の元ネタとなった名前を持つ少女からの許可は一切得ていないらしく、その証拠に少女の表情からは一切の感情の色が消えていた。
怒りでも諦観でもなく、ただ透明な無表情。
しまったやっちまったかと祐一が瞬時に弁解の為の言葉を探し始めた瞬間、意外にも彼女の表情に戻ってきた感情の色は『微笑み』だった。
それも世辞とか愛想とかの不純物を含んだ笑顔ではなく、言うなればこの世界で最も無垢なアルカイックスマイル。
他人の情愛を喚起させる為だけに浮かべられるこの種の微笑みは、今回の場合もその例に違う事無く、祐一の心の閂を易とも簡単に引き抜く事に成功していた。
 
「……相沢さん、それだと語呂が悪いので、【美坂戦隊カオリンジャー】にしませんか?」
 
そうして美汐は、他人の警戒心を全くの無にする笑顔を浮かべたまま、とんでもなく突拍子の無い事を口にした。

「ふーむ、【カオリンジャー】か……そっちの方が良いかもな」
「ちょ、天野さんっ? 相沢君までっ?」
 
さても驚いたのは香里である。
何しろ図書室での邂逅からこっち、目下の所祐一の興味は美汐にしか向いていなかったのだ。
今だって祐一が先に口に出したのは美汐の名前だったし、彼女もそれを受け入れるかのような笑顔をその可愛らしい顔に浮かべた。
直接的に笑顔を向けられた訳ではない香里でさえ、その笑顔には一種の安堵を抱かされたのだ。
事はこのまま推移していくと思われた。
時はこのまま流れていくと思っていた。
つまり香里は今現在、何がどうしてこうなったのかが全然さっぱりこれっぽっちも判らなかったのである。

「レッドレッド、俺レッドな! カオリンジャーレッド!」
「じゃあ俺はクールにブラックだな。 カオリンジャーブラック」
「な、何で色決めの段階に入ってるのよっ。 まだ戦隊名は決定してないでしょっ?」
「では私は桃色でお願いします」
「桃色……普通にピンクって言えないのか? まったく天野はおばさ、いや、何でもない。 すごく素敵だと思うぞ、天野の桃レンジャー」
「あら、『凄く素敵』だなんて、お上手ですね」
「ってかふと思ったんだけど、『桃色カオリンジャー』ってなんかやたらに卑猥な響きだよな」
「人の話を聞きなさーいっ!」

美坂さんのどっかんが久し振りに発動した、午後の三笠の第三廃車置場。
まったくもっていつも通りのノリで展開される美坂戦隊の超絶トークに、流石のアニキも引き攣った頬を元に戻す事ができなかった。
こんな馬鹿な奴等は見た事がない。
こんな馬鹿な会話は聞いた事がない。
だがそれ以上に、こいつ等は今、確かにこう言った。

「正義の味方、だと?」

馬鹿な会話をする馬鹿な奴等が口にした戯言と取れれば、どんなに楽だっただろうか。
『正義』と云う言葉を無視してしまえる状況であれば、それはどんなに楽だった事だろうか。
ただ今は、『正義』と云う言葉に対する状況が明らかに違っていた。
今朝の段階で犯罪に手を染めてしまった今のアニキの立ち位置は、確実に『悪』。
意志を持って『悪』と対峙すると言うのであれば、しかもそれが自らの利益ではなく『悪』の根絶を目的とした物であるのならば。
彼等が今、紛れも無く『正義』の側に身を置いているのだろう事は、火を見るより明らかだった。
知っているのだろう、恐らくは、真実を。
それがどう云った経緯を経てなのか何故に高校生がなのかは全く判らなかったが、それでもたった一つ。
今この場で確かに言える事があるのならば。

「随分とサービスのいい正義の味方だな。 お嬢ちゃん達、パンツ見えてるぜ」
「んなっ?」

ばっ!とスカートを両手で押え、キッ!と真っ赤な顔でアニキを睨むカオリンジャー元帥。
近隣の高校と比べても異様なほど短い制服のスカートで廃トラックの上に登ったりすれば、そりゃパンツが見えるのも当たり前の事だった。
そして普通の女子高生なら下着を見られたら赤面するのも当たり前の事で。
当たり前のはずで。
 
「平気です。 ブルマですから」
 
『何でお前は平気な顔をしてるんだ?』みたいな顔で自分を見る祐一に美汐が返したのは、そんな淡々とした言葉だった。
なるほど、ブルマ。
そりゃ防御力が高そうだ。
しかし何時の間にそんな物を実装したのかと疑問に思った祐一だったが、解決されても大したカタルシスは得られそうにないのでこの件は放置する事に決めたようだった。