「相沢君って結構なジャイアンよね」

受験も差し迫った十二月の昼休み。
何の前触れも無しにいきなりそう切り出したのは、香里だった。
そう言えば昨日の夜七時から10チャンネルでやってたのは『ドラえもんスペシャル』だった気がする。
もちろん劇場版でなく、TV版の方。
だって劇場版のジャイアンは『キレイなジャイアン』だし。

「名雪の事いじめるでしょ? ワガママでしょ? 料理ヘタでしょ?」
「ああ、そう言われてみれば確かに相沢はジャイアンだな。 いっつも同じ服だし」
「うん、ジャイアンだね。 すぐにぶつし」
「な、なんだなんだ? 何で俺はいきなり弾劾されてるんだ?」

突如として始まった弾劾裁判、もといジャイアン裁判にたじたじの祐一。
指折り数え上げる香里はともかく北川が挙げた『いつも同じ服』は制服の決められている高校生なら普通の事なのだが、それはそれ。
小さな矛盾点にも気付けないくらい珍しく押され気味な祐一は、しかし言われっぱなしなのも癪なので、とりあえず名雪のほっぺを抓ってみたりした。
ふにゅぎゅー。

「い、いひゃいいひゃいー」
「ほら、ジャイアン」
「言われた先からジャイアン的行動か。 救いようが無いな」
「喧しいわこの出来杉とスネ夫!」

名雪の頬を抓る手を片方だけ離し、順番に香里と北川を指差す。
どうやら祐一の中では香里が出来杉で北川がスネ夫に決定した様だった。
なるほど確かに香里は勉強もスポーツもそつなくこなす天才肌だし、北川は可も無く不可も無い無難な位置に居る。
サザエさんで言えばホリカワくんの位置にあたるだろう。
多分にレギュラー陣に配役が偏っているとは言え、的確と言えば的確な指名だった。

「わらひはー?」
「お前? お前はのび太に決まってるだろ」
「ら、らんれー?」

片頬を掴まれながらも両手をぶんぶんとして必死に『納得いかない』の意思表明をする名雪。
それもそのはずで、誰だって自分の役柄をのび太なんかに当て嵌められたら不満も募るだろう事は想像に容易かった。
勉強、ダメ。
運動、ダメ。
オマケに未来の道具を使ってまでやる事が仕返しと風呂覗きしかないような人間になど、誰が喩えられてなるものか。
ジャスティス大国なら名誉毀損モノだ。
詳細な説明もとむっ。

「だってお前、特技が昼寝だし」
「そうね、寝るものね」
「ああ、寝るもんな」

そ ん な っ

力なく自分の机から崩れ落ちる名雪。
バックには同じ様に、机から落下する花瓶が一つのコマで連続的に写し出されていた。
百回見たような情景描写だと、香里は思った。
それは自分の存在意義が睡眠だけだと言われれば誰だってこうなるかも知れないが。
でも、悲しいけどそれって事実なのよねっ。

「よし、じゃあ午後はこの配役でいくか」

ぽんっと手を打ち、名案だと言わんばかりの爽やかな顔で北川が提案した。
何をって、それは勿論。
当然。
言うまでもなく。
くっだらない事に決まっていた。

「お互いの呼び名は普段通りだけど、言動はさっき当て嵌められた役から逸脱しちゃダメな」
「ほう……面白そうだな」
「あたしは別に普段と変わる事は無いから良いけど……」

そう言ってから、ちらっと親友の姿を見る美坂香里かっこ出来杉風味。
するとそこには、これ以上死体に鞭打つのかと言わんばかりの恨みがましい眼をしたのび太が居た。
親友には悪いが、配役がもの凄く適当だと思った。

「わ、わたしはヤダよっ?」
「なんだとーっ! 名雪のくせにナマイキだぞ!」
「そーだそーだ。 水瀬のくせにナマイキだー」
「ゆ、祐一も北川君もその言い方は酷いんじゃないかなぁっ」

既に役に入りきっている祐一と北川。
もといジャイアンとスネ夫。
本来なら諌める位置にいるにも関わらず傍観者に徹している香里の目には、涙目になっている名雪が本当にのび太に見え始めた瞬間だった。