「なぁ相沢」
「なんだ」
「女湯が覗きたいんだが」
「死ねばいいと思う」

授業中だというのに何を馬鹿な事を言っているのだろうかコイツは。
あまりの唐突さに鈍い頭痛すら感じながら、俺はそんな一言で会話を強制的に打ち切った。
何しろ今の時間は、真面目に話を聞いていたって5分に一度のペースで内容が理解できなくなる数学の授業中である。
この上さらに北川の妄言などに気を取られていたら、今学期の俺の成績が連合赤軍もびっくりなくらい赤く染まってしまうだろう事は想像に難くなかった。
スマンな北川、俺は友情よりも数学の授業を優先させるような人間なんだ。
悪いが女湯は一人で覗いてくれ。
そして詳細にレポートしてくれ。
ああ、写真なんかもあれば嬉しいな。

「……ノリノリじゃねーか、このむっつりスケベ」
「……口に出てた?」
「俺にしか聞こえない範囲だろうけど、確実にな」
「……死にてぇ」
「死なれちゃ困るぜ相棒。 これからお前と俺とは一蓮托生の『極東女湯覗き隊』なんだから。
 ああ、ちなみにこの『極東女湯覗き隊』ってのは『覗きたい』って言う願望と部隊名をこの俺独自のハイパーセンスで融合させた――」

次第にヒートアップしていく北川の弁舌は、留まるところを知らずに加速していく。
これ以上のボリュームで語ったら間違いなくほかのクラスメートにばれるだろうと思われたその時。

――こつん

俺の机に、ゆるい放物線を描きながら白い『何か』が飛んで来た。
飛来したベクトルから出発点を大体の方向で割り出して振り向くと、そこに居たのは口頭弁論部の勝俣。
そ知らぬ顔でしかし意識だけはこちらに向けながら、勝俣は視線だけで俺に『ソレ』を開く事を指示していた。
『ソレ』、即ち飛来してきた物体。
よく見るまでも無くソレは破り取られたルーズリーフの切れ端で。
と云う事は、中に俺宛のメッセージが書かれているだろう事は容易に想像できる訳で。
『こんな授業中に一体何を』と不審に思いながらも、好奇心が優先してガサガサと『それ』を開く俺。
まぁどうせしょーもない与太話の類だろうと思っていた俺は、しかし中に書かれていた文字を読んだ瞬間に一気に凍りついた。

『そ の 部 隊 、 僕 も 混 ぜ て も ら お う か 』

思わず驚愕の声を上げかけたが、最後の理性でそれを押し止める。
バクバクと喧しい鼓動をわずらわしく思いながら勝俣の方を見やれば、そこに居たのは口元に薄く笑みを浮かべた一匹の色魔だった。

「……相沢。 どうした、相沢」
「……勝俣からこんな手紙が来た。 あいつはアレか、宇宙人か未来人か超能力者のどれかか」
「あー…いや、残念ながら勝俣は今挙げられた内のどれでもない」
「じゃあなんで!」
「読唇術。 お前が知らなくても無理はないけど、あいつはアレでいて将来がほぼ確定するぐらいのエキスパートなんだわ」
「……嘘だろ?」
「嘘だと仮定してもいいが、その場合にはこの手紙が届いた理由が再び不明になるぞ?」

――こつん

目立たないクラスメイトの意外な特技に驚いていた祐一の背後から聞こえてくる、先程とまったく同質の『何か』が飛来した音。
嫌な予感を感じながらもゆっくりと祐一が振り返ったその先には、まぁ何と云うか予想通りって感じで白い『何か』が可愛らしく鎮座していた。
開くまでもなく、それはルーズリーフの切れ端を丸めた物である。
まさか勝俣が二通目を投げてきたのかと思い、鬼の形相でそちらを見やる祐一。
しかしバッチリと目が合った勝俣は余裕の表情で「俺じゃない」と口パクしながら、ある一人の男子生徒を指差した。
元諜報部部長、通称『神の耳を持つ男』、綿貫雅蔭。
指先で赤ペンを器用に踊り狂わせながら、綿貫は勝俣同様に唇だけでこう告げてきた。
『読め』、と。

「北川」
「なんだ」
「まさか綿貫まで読唇術の使い手とかそんな事はないよな」
「アイツならできかねない……けど、位置的に厳しいんじゃないか?」

言われてみれば確かに、綿貫の座席の位置からではこちらの唇の動きを読むのはほぼ不可能である。
じゃあこの手紙には一体どんな意味が込められているのかとしばし思案に耽る祐一であったが、残念ながらそれは時間の無駄でしかなかった。
どんな内容であれ、そんなものは読んでしまえば一瞬で判るのだ。
そう考えた祐一は意を決して丸められたルーズリーフに手を伸ばし――

『 俺 も 参 加 さ せ て も ら お う 』

頭痛がした。
それも近年まれに見る勢いのえげつない頭痛だった。
綿貫は読唇術のスキルなど持っていない、持っていないはず。
持っていたとしても使えない場所に奴はいる。
ならば何故――
思考がループしはじめ世界の全てを疑いの目でしか見られなくなりそうな錯覚に陥る間際。
祐一は、自分がルーズリーフの端に小さく書かれていた文字を見逃していた事に気付いた。
なんだろう、嫌な予感がする。
しかし読まなくては始まらない。
てかさっきも同じ事を思ったよな、なんて軽い現実逃避をしながら文字の羅列を目で追って――

『追伸 お前らの会話は机の下に設置してある盗聴機から拾った』

「わーたーぬーきゃあー!!」
「やかましいぞ相沢! 廊下に立っとれ!」

すごい勢いで怒られた。
誓って言う、悪いのは俺じゃない。





________________________________________________________

談話室内の罰ゲームで書かされた60行SS、お題は『女湯が覗けない』だった
実際は覗くところまで行っていないが、諜報部の綿貫が書けたので個人的にはすごく満足
言うまでもなく【B】シリーズの世界で、もちろん続かない