節外れの陽光が吹き抜ける風にさえ温もりを与えている、とある晴れた月曜日の朝。
いつもの様に朝食を食べ、いつもの様に遅刻寸前で校門を潜り抜け。
いつもの様に教室のドアを開けた俺の事を待っていたのは、お世辞にも『いつもどおり』とは呼べない不可思議な状況だった。

人だかりが出来ている。
しかも俺の机を中心として。
コレはアレか、この頃ハヤリの『葬式ごっこ』ってヤツか。
ちっくしょう、いくら土曜の掃除をサボって帰ったからって、何も俺を殺す事はないだろうに。

「お、相沢だ」
「やっと来たか。 遅かったな」
「ん? あ、ああ、おはよう」

普通に挨拶をされた。
どうやら陰湿なイジメの類ではなかったらしい。
そこまでを確認した俺は、とりあえず安堵の溜息を吐きながら、近くにいた北川に声をかけてみた。

「で、こりゃ一体何の騒ぎだ?」
「それはこっちが聞きたいぜ。 お前は一体何なんだ」
「は?」
「超絶かわいいプラチナブロンドのゴスロリが、”相沢さんに用があるんですー”って言って、朝からずっと待ってんだよ」
「……は?」
「だから、超絶かわいいプラチナブロンドのゴスロリが、お前に用があるって言って朝からずっと待ってんの」
「……おーけい、そうだな。 ゴスロリ帝国が流星爆弾で地球を狙ってるから大変なんだよな。 はやくアンドロメダに行って機械の身体をもらおうな」
「んだっ! カワイソウな人を見る目で優しく語り掛けてんじゃねえ! そんなに納得できないなら自分の目で確かめやがれ!」
「ああ、そうさせてもらうよ。 その間にお前は眼科か精神科か脳神経外科のどこかにオファー入れとけ、この三暗刻バカ」

まったく、朝っぱらから成層圏ギリギリにまで吹っ飛んだ夢見やがって。
ここは日本で、しかも高校の教室で、おまけに平日だぞ。
しかも、あと数分もすれば石橋が出欠簿片手に朝のHRを始めようってこの忙しい時間帯だ。
ウチの学校の生徒だって時と場所にはもう少し気を遣うって話だぜ、なあ、そこの――

「――プラチナブロンドでゴスロリの……推定身長140センチぐらいのロリっ娘ちゃんよ」
「あ……あなたが相沢さんですか?」

俺の顔を見るなり、瞳を輝かせて席を立つロリっ娘。
その笑顔があまりにも嬉しそうな物だったので、俺もついうっかり笑顔で「そうだよ」と答えてしまっていた。
背後から北川の強烈な「だから言っただろテメエ」オーラが発せられている事は、この際だから無視しておく事にした。

「初めまして、こんにちわ。 私、ミシェル・ヴァーミリオンって言います」
「俺の名前――は、もう知ってるんだよな」
「はい。 相沢祐一さんですよね」
「ああ、そいつは俺の名前で間違いない」
「よかったっ、ようやく逢えました」
「んー、その口振りからすると、やっぱり初対面で間違いないんだよな。 君みたいな女の娘が、一体何の用だ?」
「はいっ。 実は相沢さんのシャドゥを頂きに参ったんですよ」

シャドゥ!?
シャドゥ!!
シャドゥ……

無駄に心の中で三回ぐらい叫んでみたが、別に封印されていた知識が蘇ったりはしなかった。

「あー……悪いんだが、その、『シャドゥ』って何だ?」
「存在の定礎です」
「……もうちょっと判りやすく」
「魂の舫(もやい)です」
「あと一声」
「相沢さんの、命です」
「ああ、なるほどな」

それで『存在の定礎』とか、『魂の舫』とか云う言い方をしたのか。
まったく、回りくどい言い方しちゃってからに、このおマセさんが。
最初から『あなたの命をください』って言ってくれれば、俺も笑って「はいどうぞ」って――

「――やれるかボケぇー!」

すぱこーん。

「あにゃっ!」

俺の神域のツッコミが、ミシェル・ヴァーミリオンの脳天に素晴らしい角度で突き刺さった。

「ふぇ……死神の頭たたいたよ? ……頭おかしいんじゃないの、この人?」
「頭おかしいのはお前だこのロリ白髪! だいたい初対面の相手に命をねだるだなんて、普通の人間が――」

ちょっと待て。
今、このロリっ娘、何て言った?

「人間じゃありませんっ。 それに、白髪でもないです!」
「………」
「私の名前は、ミシェル・ヴァーミリオン。 冥界十三貴族の筆頭であるヴァーミリオン家の息女にして、死神検定四級の保持者ですよ!」

ああ、病院に連れて行くべきなのは北川じゃなくてこっちの方だったのか。
無い胸を必死に張りながら「しにがみですよー」と威嚇しているちんまい小娘を視界の端に収めながら、俺はまたしても平和な日常が崩れ去っていく音を遠くに聞いていた。