拝啓――草薙桜様へ。
見渡す限りを覆い尽くしていた雪の姿も見えなくなり、一雨ごとに春の気配を感じられるようになった今日この頃。
雪の降らない街で過ごす貴女様は、いかがお過ごしでしょうか。
さて、私こと相沢祐一はこの度、自称死神のロリっ娘に命を狙われていると言う状況に陥りました。
どうやら彼女(死神)が欲しがっているのは私のシャドゥらしいのですが、そのシャドゥと言うのがいわゆる一つの『命』と同義なるものらしく。
ちなみに、何ゆえに私の物でなくてはならないのかは、未だ持って不明のままです。
なあ桜、俺そろそろそっちの街に帰っていいかなあ……

「とりあえず、俺はまだ死ぬ気は無い。 向こう50年くらいは死ぬ予定も無い。 判ったらさっさと冥界だかにある家に帰って、パパのオッパイでもしゃぶってろ」

いや、パパのは流石にしゃぶらないだろう。
遠くの方で北川の突っ込む声が聞こえたが、俺は華麗なスルースキルを発動する事にした。

「……帰れないもん」
「あい?」
「あなたのシャドゥを刈り取らなきゃっ、お家に帰れないんだもんっ!」

突然、自称死神の娘が泣きそうな声を上げる。
と言うか、既に半泣き状態で俺の事を睨みつけている。
その構図があまりにも『小さな女の娘をいじめている鬼畜野郎A(AIZAWA)』であったりするものだから、教室の中は一気に死神擁護の方向に傾いてしまっていた。

「いいじゃねえか! シャドゥの一つや二つくれてやれよ!」
「こんな可愛い娘のお願いを断るなんて人間じゃねーぞ!」
「一回ぐらい死んでやれよ! なあに、かえって免疫がつく!」

え、ちょっとタンマ。
命を狙われてるの俺の方なのに、何この転校してきて以来最大の四面楚歌っぷり。
神は死んだのか!
略して死神か!
ああ、そう言えば死神は目の前にいたなあ、なんて思ってみたりなんだりで。

「……判ったよ。 一応、話だけは聞いてやる」
「……ほんと?」
「聞くだけだからな。 試しにとか、ほんのちょっととか、いっぺんぐらい〜なんて言葉に惑わされて死んだりはしないからな」
「……どうしてもダメですか?」
「当たり前だ。 誰が好き好んで魂取られるような痛い目に遭わなきゃならないんだ」
「ふぇ? 別にシャドゥを刈り取るのは痛くなんかないですよ?」
「……はい?」
「いえ、だから、痛くなんかないんです」
「だってお前、死神だろ?」
「はい。 四級ですけど」
「そんでもって、俺の命を取るんだろ?」
「ええ、まあ、予定では」
「って事は、あの極度に湾曲した死神の鎌で、俺の事をズバーっとやるんだろ?」
「ち、違いますよぉ……そんな物騒な事はしないです」

はぅ…やっぱり死神ってそう云う風に見られてるんですね……
俺を含めた大多数が抱いている死神のイメージ像に、何だかやたらと落ち込んでしまう、ミシェル=ヴァーミリオン嬢であった。
って云うか、命を奪う以上に物騒な事なんてそうそう無いと思っているのは俺だけなのだろうか。

「なら、君はどうやって俺のシャドゥとやらを奪う気なんだ?」
「えーと、最近の主流だと、TRANS-Amplitude Modulation. 通称【トランザム】で頂く事が多いですね」
「……トランス…なに?」
「直訳すると、振幅変調移送方式となります」
「もう少し判りやすく」
「魂と霊とを繋いでいる固有のエーテル振動の振幅を、それぞれが乖離しやすい波長に変調・移送する事で、肉体を傷つける事無くシャドゥだけを刈り取れる画期的な方式です」
「あと一声」
「えーと……服にひっついたガムは、冷やすと取れやすくなるって感じです」

ああ、なるほど。
確かにアレは温度を変えるだけで驚くほど簡単にはがれるからな。
って云う事は俺の魂も、何らかの手段でもって肉体から剥がれやすくする事ができるなら、あんな物騒な死神の鎌なんて使わなくたって――

「って、誰の魂が噛み捨てられたチューインガムかっ!」

すぱーん!
アジア選手権優勝レベルの切れ味を持ったツッコミが、ミシェルの頭にメガヒットした。

「あぅ……に、二度もぶったよ? この人、頭おかしいんじゃないの…?」

涙目で頭を抱えるロリっ娘が俺を非難がましく睨み付けているその光景は、またしてもクラス内での俺の立場を不利な方向へと追いやっていくのであった。