私も実は、よく転ぶ方なのだ。
主に階段(昇り)で。
最後の一段で。
乗り越えたはずなのに、何故かもう一段在って。
こけっ。
と。
そんな私がこんな事を言うのもなんなのだが……

(回想)

私のクラスが主催する模擬店(喫茶店)は、3−Bの教室で催される。
その所為かどうかは知らないが、3−Aは空き教室として放置されていた。
文化祭当日は『休憩所』と云う名の溜り場になるのだそうだ。
じゃあ文化祭前はどのように使われているかと言うと、まぁ完結に言ってしまえば3−Bに従属するかたちで。
製作途中のメニューやら装飾用のセロファンなどがごった返していた。

そこに、私は居た。
何度目になるかは判らないが、勿論サボりで。
さも仕事をしている様に見せかけつつ、その実何をするでもなく。
ただ独りでぼんやりしていたのだ。
どうにもこうにも私はヒネクレ者らしく、喧騒の中で不意に独りになるのが好きだったりする。
そのくせ完全に独りになるのは寂しくて嫌だったりする。
我ながら面倒臭い性格だと思う。

ひたすらぼんやりしていたら、眠くなってきた。
だから、横になってみた。
本格的に眠くなった。
本能に抗うのもどうかと思うので素直に寝ようとしたら、何の前触れも無く電気が点けられた。
少し、びっくりした。

「わ、ぅわっ」

どうやら電気を点けた相手の方が相当にびっくりしたらしい。
変な声をあげて驚いていた。
ここ数日で、ずいぶんと聞きなれた声だった。

「び、びっくりしたー」
「ずいぶんな言い草だな。 俺の顔を見て開口一番がその台詞か?」
「だって誰も居ないと思ってたんだもん」
「……仕事か?」
「うん。 廊下側の壁に張る看板っぽい何かを書くの」

看板っぽい何か、とは一体何なのだろうか。
どうでもいいような疑問が浮かんだが、口に出すのはやめておいた。

「集中したいなら言え。 出てくから」
「ん? だいじょぶだよー、気を使わなくても」
「いや、多分だが、邪魔するぞ」
「ヤな予言だね、それ」

そう言いながらもくすくす笑い、大きめの模造紙を床に広げ始める沙紀(仮)
どうやら私の存在をそのままに仕事に取り掛かるようだった。
私の話を聞いていなかったのか、聞いたのに理解していなかったのか、はたまた邪魔されるのが好きなのか。
サドっ気全開な思考が勝手に3番を選択し、私はそのまま3−Aに留まり続ける事にした。
当然、邪魔した。

「違う違う。 そのまんまのメニューを書いてどうするんだお前は」
「え、えっ?」
「もっとこうアグレッシブな名前で客を翻弄しなきゃ面白くないだろ」
「ほ、翻弄してどうするの?」
「知るか」
「ダメじゃんかぁー」

私は、楽しかった。
誰も居ない教室で二人で話していた時間を、模造紙を挟んであーだこーだと言い合っていた時間を。
沙紀(仮)がどう感じていたかなど知る由も無いし、笑顔で居てくれた沙紀(仮)が愛想笑いだったのかどうかを見破るスキルも私には無い。
ただ、少なくとも私は楽しかった。

仕事も終わり、一息ついた頃。
一足先に立ちあがってジュースを買いに行くと言い出した私を追うように、沙紀(仮)もまた筆を洗うと言って立ちあがった。
私の位置は、教室の前扉。
沙紀(仮)の位置は、教室のほぼ真ん中。
そして、何も躓く物の無い場所であるにも関わらず、沙紀(仮)はコケた。

「ばっ!」
「うひぁっ」

べちっ。

助けの手が間に合うはずは当然無く、沙紀(仮)は前のめりに転んだ
倒れ込む女の娘を胸に抱き留めるなんて芸当は、マンガかドラマの中じゃないと無理だと悟った。
次の瞬間。
私は何故か怒っていた。

「……っのバカっ!」
「ひゃいっ?」
「何も無いトコで転ぶなんてお前は出来の悪い二足歩行ロボか!」
「ご、ごめんなさいっ」

いや、違うのだ。
私は沙紀(仮)を怒りたい訳ではなくて。
謝らせたい訳でもなくて。
困らせたい訳でもなくて。
脅えさせたい訳でもなくて。
ただ、ただ……

「……あんま……心配させんなよ…………心臓とまる」
「あ………はぃ。 ごめんなさい……」
「怪我は」
「だいじょぶっ」
「ったく、危なっかしい」
「ご心配おかけしました」

まったくだ。
溜息をつきながら、てへへっと笑う沙紀(仮)の頭を小突いた。
軽い、音がした。