この日々はきっと、私の人生の中でも相当に楽しかった想い出として在り続けるだろう。
野郎の友達と夜通し騒いだ楽しさとはまた違う。
何て形容したら良いのかも判らない、だけれども確かに楽しかったこの日々を。

(回想)

男女の仲が悪かった訳じゃない。
ただ、良くなかっただけだ。
男子が掃除を頻繁にサボり。女子がその穴埋めをする様に一生懸命掃除していただけだ。
休み時間の度に男子がベランダ側に全員集まり、女子が廊下側に集まっていただけだ。
放課後になれば男子は殆ど全員が速攻で帰り、女子は教室に残ってお喋りをしていただけだ。
つまりは、男女の間に会話が殆ど無かっただけだ。
ダメじゃん。

とある日の放課後、教室にて。
『外』が話し合いを続ける光景を見つつ、例によって例の如く私と沙紀(仮)は雑談に興じていた。
お互いの出身中学の事やら、修学旅行でそう言えばそんな事もあったよねーな事やら、クラスの中で嫌いな奴の事やら。
後に『外』の女子に二人の仲を勘繰られるほど、こんなにも饒舌な自分を不思議に思うほど、私達は楽しくお喋りをしていた。

「おお、なんと珍しい。 keijiが話をしている」

なんだそのドラクエ風な言い方は。
心の中でそんな突っ込みを入れつつ声のした方を振り向くと、我が3−B担任の金さんがとても驚いた顔をして立っていた。
そんなに驚く事も無いだろう。
私だって口があるからには話しくらいするさ。

「そうじゃない。 あんたに限らず、ウチのクラスの男女が仲良くしているのは珍しいのだ」
「ああ、そう云う事か」

確かに。
前述の通り、3−Bの男女仲はすこぶる良くない。
悪い訳ではないのだが、それでもやっぱり。
そこら辺はさすがに担任である金さんも心配していたのだろう、私と沙紀(仮)の仲を見て、少しだけ嬉しそうな顔をしていた。

「別に仲が悪い訳じゃない。 ただ話をしないだけだ」
「だから、尚更に嬉しい。 男女の亀裂の真っ只中に位置するアンタが女子と話してるって事が」
「んー、確かに男子の中でもトップクラスに話し難いイメージがあったかなー」
「お前達、平等に黙れ」

私の言葉に従ったかどうだかは判らないが、金さんはニヤっと笑って『外』の話し合いに参加し始めた。
その背中を見つつ、私は文化祭(準備段階だが)以前の自分の姿を思い出してみた。
お世辞にも、話し掛けやすいとは思えなかった。

「ま、それも今だけだろうがな」
「なにが?」
「俺がお前と話しをしている今の状況が、だ。 文化祭が終わったら二度と話す機会もないだろうしな」

呟く、シニカルな台詞。
それは瞬間的に思いついた、沙紀(仮)をからかう算段。
ベクトル方程式に対しては全く無力なくせに、『こーゆー事』に関しては異様なほどに高速回転する自分の頭脳が少し怖い。
そして、非常に頼もしい。
オプションとして添付した『文化祭以前の表情』も、沙紀(仮)には相当な効果を与えていた。

「な、なんでそんなこと言うのー?」
「ん?」
「文化祭終わったら……話さないって」
「事実だろ。 文化祭が元で話すようになったなら、文化祭が終われば元に戻る。 それだけだ」
「せ、せっかくお話できるようになったんだから……」

かかった。
思惑通りの反応を返してくれた沙紀(仮)に対し、私はこれ以上無いくらいの笑顔を見せる。
もっともその笑顔は、軍師が計略を成功させた時に見せるような類の、効果音としては『にやり』が最も似合うような笑顔だったが。

「そうかそうか。 そん〜〜〜〜なに俺とお話したいのか。 ふむふむ、愛い奴だのう」

私の言葉の意味を反芻し、自分が言った言葉の意味を反芻し、私が見せた『にやり』の意味を反芻し。
多分に処理能力が乏しい沙紀(仮)の頭脳は、それでも一つの結論に達した。
『自分はひょっとしたら今、とんでもなく恥ずかしい事を言ったんじゃないだろうか』
ひょっとしなくても、言っていた。

「………ちっ! ちがっ、そ、そゆ事じゃなしにっ」
「あーはいはい、わかったわかった、お前が言いたい事はよーく判った、うん、判ったぞー」
「くぅー! なんて小憎たらしい人でしょうかっ」

照れながら怒る沙紀(仮)を、やっぱり面白いと思う傍ら。
実は、半分くらいは本気だった。
何がって。
文化祭が終わったら話す機会も無くなるだろうと、言った事。
半分くらいは、本気で言っていたのだ。
だが。
沙紀(仮)は私の言葉に対して焦ってくれた。
その場の勢いだろうが何だろうが、文化祭の後も私と、この名も無き関係を続けたいと言ってくれた。

「じゃあアレだ、文化祭の後もどっかで見かけたら挨拶くらいはしてやろう」
「あのー、私たち同じクラスなんですけど」
「なにっ? そんなバカなっ」
「わざとだ……絶対わざとだ」

高校生活も残り僅かになったこの時期から、まさかこんなにも楽しい『おもちゃ』に出会えるとは。
多分に危ない思考を裏に隠しつつ、取り敢えずは沙紀(仮)が嫌がって逃げるまではからかい続けてやろうと。
そんな事を考える自分は、やっぱりサドだと思った。