最後だから。
これで、最後だから。
馬鹿言うな、沙紀(仮)
確かに行事自体は最後かもしれないが、祭りはこれから始まるんだろうが。
始まる前から終わりを口にするなんて、野暮だぞ。

(回想)

「来店してくれたお客さんに楽しい一時を過ごしてもらおうと、各テーブルに一人の言わば『話し相手』としての人員を裂く事がそんなにも悪い事ですか?
 なるほど、確かに『ホストクラブだ』と言われればそうでしょう。
 ですがその根幹に在る理念としては他の模擬店と何ら変わりの無い『顧客の満足第一』である事は間違いのない事実です。
 むしろ漫然と注文を受けそれを出すだけの模擬店よりも来客に対して真剣な態度であるとも言える筈です。
 スーツを着る理由もまた然り。
 接客業に従事する服装として、また外部からの様々な客を迎える正装として、これ以上適当な服装がありますか?
 やるからには全員が統一した服装で居たい。
 だが今からでは全員に配布できるようなユニフォームなど創れる筈も無い。
 かと言って制服では、それこそ飲食業には不適応。
 様々な可能性を考慮し、不可能な事も考慮し、私達はスーツを着ると云う選択肢を出したのです。
 普段の態度がどう見られているかは知りませんが、私達とて遊びや冗談で異装届けを出しに来た訳ではありません。
 それと。
 和風喫茶を企画している3−Eの異装届け【浴衣】を許可しておきながら3−Bの異装届けを受理しないとは、納得しろと言う方に無理があるでしょう。
 さぁ、荒川先生。
 3−Bの異装届けに、スーツ着用に許可をください」

久し振りに、教師に対して『本気』で喋った。
何時の間にか私の周りには、学年主任、担任、文化祭実行委員会顧問、その他の教師、果ては教頭までもが集まっていた。
アレか、お前等ヒマなのか。

「………判った。 許可しよう」

これ以上の面倒事を嫌ったのか、それとも私の論に反撃の隙を見出せなかったのか。
荒川は忌々しげにしながらも、3−Bの異装届けに自分の苗字を刻んだハンコを押した。
異装許可、げっと。
こんな紙切れのためにこれだけの労力を使うのは非常に無駄な事だと思いつつ、私は早々に職員室を立ち去る事にした。
これ以上此処には何の用も無いし、教師に囲まれてる雰囲気も悪いし、何より私にとって職員室は説教部屋以外の何物でもない。
あでゅー。

「どうして初めからお前が説明に来なかったんだ?」

職員室のドアを開く間際。
背後から不思議そうに、学年主任のマサさんが尋ねた。
確かに初めから私が説明に来ていればこんなにも大きな騒ぎにはならなかっただろう。
だが

「ドンが率先して動くほど、ウチのクラスは安っぽい組織構成をしていませんので」

真面目に語る時間はもう終わり。
いつものようにおちゃらけた答えを返しながら、私は今度こそ職員室を後にした。

「………あっ」
「………何やってんだお前」

電気の消えた暗がりの廊下に、佇む影、一つ。
その影は私の姿を見るなり急いで駆け寄ってきた。

「ど、どうだったの?」

なるほど、不安だった、と。
教室でおとなしく待っている事すら出来ないくらい、心配だったと。
やれやれ、自分でお願いしておきながら俺に全幅の信頼すら置けんのかお前は。

「俺を誰だと思ってやがる」
「じゃ、じゃあ?」
「ほれ。 許可証だ」

ぺらっと。
B4の藁半紙のくせに、今だけは黄金級の価値を持つソイツを沙紀(仮)に突き付けてやった。
暫しの間キラキラした目でそいつを見ていた沙紀(仮)は、ふと何かを思案して私に尋ねてきた。

「………ねぇ」
「あ?」
「私、スーツ持ってないんだけど」
「誰がお前に着ろと言ったか」
「じゃあ私は何を着ればいいの?」
「スーツ以外の異装許可は取ってない。 制服かジャージか全裸か、好きな選択肢を選べ」
「ぇ、えーっ?」
「俺としては3番がお勧めなんだが?」
「ぜっっったいヤです」
「4番『水着』って選択肢も」
「ヤだっ」
「5番、パンダの着ぐるみ」
「あ、それちょっとやりたいかも」
「んなモン誰が持ってんだ阿呆」
「じ、自分で言ったのにー」

女子の、か。
そう言えば居たんだな、『中』にも女子が。
沙紀(仮)には悪いが女子の存在なんて全然全くこれっぽっちも頭に無かった。

「何か、着たい服でもあるのか?」
「浴衣っ」

即答だった。

「ふっちんととっきーとで言ってたんだ。 文化祭で浴衣着たいねって」

誰だ、ふっちんととっきー。
フルネームを言われても判らないと思うので、言及するのはやめておいたが。
ふむ、浴衣か。
嫌いじゃないな。

「……いいよ。 着な」
「え?」
「浴衣。 みんなで着るといい」
「え、だ、だって許可は?」
「俺が、許可する」
「で、でも勝手なことしたら荒川先生とかが怒るかもだしっ」
「責任者は責任を取る為に居るんだ。 お前は何も知らなかった事にして、許可を受けたものとして浴衣着て楽しんでろ」

それに、祭りの当日になってまでごちゃごちゃと煩い事を言うほど荒川も野暮ではないだろう。
仮に言ってきたとしても、言い負かす自信はある。
何よりも、異装届けを出していないからと言って、それも女子に対して『脱げ』とは言えないだろう。
男は何時だって女に対しては弱く出来ているもんなんだ、なぁ荒川。

「じゃあ……浴衣、きるっ」
「ああ。 そうしろ」
「ありがとねっ」
「何に対しての礼だかさっぱりと判らん」

私の冷めたツッコミを無視し、沙紀(仮)は浴衣を着れる喜びを噛締めていた。
それはもう、ガキっぽさ全開で。

「うー、楽しみだなー」
「ガキ」
「オジサンっ」

頭を叩こうとして、気配を察知されて逃げられて。
手の届かない場所まで走ってった沙紀(仮)にリモコン下駄を飛ばして、沙紀(仮)の足元に落ちた中ズックは無残にも廊下の向こうに蹴り飛ばされて。
やたらと子供っぽく遊ぶ二人が居たりした。

「……はて、まだ何か問題があったような気がするんだが」
「気のせいじゃない?」
「そうか?」

その後。
教室に戻った私を待っていたのは怒りに任せて暴れているハッサンとクマサンだった。