告白された事は三度ある。
告白した事も一度ある。
そしてその全てが『恋愛』に結びついていない。
恐らく私は死ぬまでそーゆー人間なのだろう、と思う。
要するに、何をするにもタイミングが悪いのだ。

* * *

「俺、沙紀(仮)ちゃんのこと好きなんだ」
「……何故それを俺に言う」

それは秋口に入ったと云うのにまだ残暑が厳しかった、九月のとある日のこと。
親友と呼べるほどでもないがまぁそれなりには親しい友人であった山田(仮)が唐突に漏らしたのは、そんな一言だった。
中庭の掃除を終えて教室に戻ろうとした所を呼び止められて、何かと思えばこの告白。
その言葉は俺じゃなくて本人に言えと思わないでもなかったが、寸でのところでそれを言わなかった私は、ひょっとして結構優しい人間なんじゃないかと思った。

聞くと、山田はかなり前から沙紀(仮)の事が好きだったそうだ。
って言うか修学旅行の頃からとっくに好きだったそうだ。
それが中々言い出せないままに文化祭とその準備期間を迎え、しかし普段よりもずっと近しい距離でいる事が許された祭りの期間中にその恋の炎は一気に燃え上がり。
かいつまんで言うと、『文化祭期間中に惚れなおした』、だそうだった。

「なんつーのかな……他の女とは全然違う…すげー純粋な感じがするじゃん」

純粋と人に騙されやすいバカを同義だとするのであれば、確かにと思った。

「それに優しいしさ、見てて楽しいって言うかさ」

見てて楽しいのと言うのが単純にドジっぷりの事を表しているのであれば、間違ってはいないなと思った。

「とにかくさ、文化祭の準備でずっと一緒にいて改めて思ったんだわ。 沙紀(仮)ちゃん、かわいいよなって」
「……ま、否定はしないがな」

既にのろけの域にまで達している山田の語りに苦笑しつつ、何の気なしに呟いた一言。
まさかそれがクレイモア【指向性対人地雷】の上でツイスターゲームをするくらい危険な言葉だったとは、この時の私は知る由も無かった。
そして知った時には、もう遅かった。

「やっぱりかよ…」

見る間に下落していく山田のテンション。
反比例して高まっていく、中庭の緊張感。

「やっぱり、とは?」
「そうじゃないかって思ってはいたんだけどな…うわ、ショックだ」
「……説明しろ。 意味が判らん」
「だからー」
「うむ」
「お前も好きなんだろ?」
「……誰の事を」
「沙紀(仮)ちゃんのこと」
「まさか」

即答だった。

「ってか何をどうすればそんな腐った考えが出てくるんだこのバカ」
「だ、だってお前、最近よく沙紀(仮)ちゃんと仲良くしてるし」
「男と女が仲良くしてればすぐ『好き』か。 いい加減その中学生回路を捨てろ、ここは高校だ」

思い起こされる中学生の頃。
何かあればすぐに「お前あいつの事好きなんだろ」と言わずにはいられない、思春期思考回路。
友好と慕情と性欲の区別がつけられないこの傍迷惑な思考回路のせいで、私は中学卒業までに、軽く十数人もの女子生徒に恋心を抱いた事になってしまっていた。
同じ部活だった、同じ委員会だった、一緒の帰り道だった、隣の席だった。
「お前が休み時間のたびにストーブの近くに行くのって千香(仮)の事が好きだからだろ」なる言いがかりまでつけられた日には、流石の私ですら開いた口が塞がらなかった。

そして今。
山田が、私に向かってとても面白い事を言っている。
『面白い』と思わなきゃ途端に不機嫌になってしまう事は判りきっていたから、私はその発言を『面白い』と捉える事にした。

「……じゃあ、本当にお前は沙紀(仮)ちゃんのこと何とも思ってないんだな?」

何とも思っていない訳ではない。
が、その感情を言葉に表すのはとても難しかったので、私はたった一言

「くどい」

と言って終わらせる事にした。
が、私の思惑とは裏腹に、この話はここで終わったりはしなかった。

「な、ならさ…」
「……?」
「協力…してくれないか?」
「………」
「別に何か特別な事しろとか言わないからさ! な、頼むよ!」

学園祭の準備で君に会い 日に日になんか気になってしまい
準備なんかより君に逢いに行くことの方が 僕の中でメインになってしまったよ
学園祭の準備と云う理由で 毎日君に会えるこの日々は 僕の人生でいったい何番目くらいの幸せに入ってくるのだろうか

ふと、ガガガSPの『祭りの準備』なんかを思い出してしまった。
そのくらい、山田の懇願は真剣なものだった。
『ああ、こいつ本気なんだな』と思う傍ら、『なんだこの三流ラブコメみたいな話の流れは』と醒めた感情を持つ自分がいて。
だけどラブコメに突入するためには決定的に不足している物があることに気付き、私はそこで大きく息を吐いた。

「……面倒な事ならしないからな」
「さ、サンキューっ! いやー、相談してよかったよマジで!」

相談されなきゃよかったよマジで。
言える訳がない本音を抱えて曖昧に笑う私は、きっと偽善者の類だと思った。

次の日から、私と沙紀(仮)の距離が、少しだけ、開いた。
面倒事を嫌う私の心の分だけ、遠くなった。