人の恋路には興味がない。
自分の恋路にはもっと興味がない。
しかし、いやむしろ『だからこそ』なのだろうか。
私は、人から恋愛関係の相談を持ちかけられる事が非常に多かった。
とてもとても、迷惑な話である。

* * *

それは、山田(仮)の告白を受けてからまだ数日しか経っていない日の事だった。
いつものように中庭の掃除を適当に切り上げ、さあ今日は何をしてヒマを潰そうかと考えている私。
そしてそんな私の視界の端に映ったのは、それを『待ってました』とばかりに捕獲しに来る山田(仮)の姿だった。
本能的な部分が『こりゃ面倒な事になりそうだ』と警鐘を鳴らしてはいたものの、だからと言ってクラスメートからあからさまに走って逃げる訳にもいかず。
結果として私は見事なまでに捕縛され、山田(仮)の話を聞く羽目となってしまったのだった。

「沙紀(仮)ちゃんの好きなアーティストって…知ってる?」
「知らん」
「………」
「………」

すごく、嫌な予感がした。

「……なあ」
「断る」
「ま、まだ何も言ってないだろ!」
「面倒な事はしないと言ったはずだ」
「お願い! 頼む! この通り!」

思いっきり頭を下げられた。
学食でメシを奢ってくれるとも言われた。
だが、私が動いたのは、そんな条件が出されたからではなかった。

「何でもいいから……話すきっかけって言うか、共通点がほしいんだよ!」

ああ、覚えがある。
私にも、そんな風に思っていた季節があったのだ。
好きな音楽。
好きな食べ物。
好きなTV番組、好きな教科、好きな色。
そんな微細な欠片を拾い集めては『共通点』だと喜んで、あの娘の好きな物を全て好きになれば、この恋が成就するものだと思い込んで。
勘違いして走り続けていた。
何もかもを『希望』へと解釈して、日々を生きていた。
片思いとは、そう云う厄介なものである。

「……好きなアーティストだけでいいんだな」

渋々ながら、呟く。
何せ『片思い』と云う厄介な感情に関しては身に覚えがあるだけに、私には山田(仮)の嘆願を無碍に扱う事はできなかった。
つくづく私と云う人間は、他人に対して優しすぎると思った。

メシはしっかり奢ってもらう事にした。

* * *

『あくまで自然にだぞ! 間違っても俺が知りたがってるとかそんな事ばらさないでくれよ! 疑われたりしないでくれよ!』
以上、今回の任務に関して提示された山田(仮)からの条件である。
やかましい注文が多いぞこの馬鹿と思わないでもなかったが、その様子があまりにも必死だったので、一応は了解しておく事にした。

やれやれ面倒な事になったと思いながら、3-Bの教室のドアを開ける。
数人の女子生徒が残っておしゃべりをしている中、沙紀(仮)の姿も、そこにあった。

これは好機か否か。
至って平静を装いながら、私は瞬時に考えた。
この場にいる全員を対象として『好きなアーティスト』を尋ねてみれば、少なくとも沙紀(仮)単体に質問するよりかは、その胡散臭さは紛れるだろう。
だが逆に、複数の女子生徒に「何言ってんのコイツ」みたいな疑念を抱かせてしまう可能性もあるのだ。
一人の時を待つか、群集に紛れて聞き出すか。
悩みに悩んだ挙句、やはり沙紀(仮)単体に質問するのは明らかに怪しいだろうと云う結論に達した私は、意を決して女子生徒のグループに突貫する事にした。

「……ミナサン、ゴキゲンヨウ」
「………」
「………」
「………」
「………」

すごく、変な顔をされた。

「ソーリー、ナンデモアリマッセン」

しゅたっと右手を挙げ、潔くその場を去る。
こりゃ盛大なミスり方をしたもんだと、私は心の中で深く反省をした。
それもそのはず。
よくよく考えてみれば目の前にいる五人の女子の内、私が名前を知っているのは沙紀(仮)ぐらいしかいない。
これはいっぺん苺牛乳を飲んでから出直すべきだろうと思ったその時。
私の名前を呼んだのは、沙紀(仮)以外の女子の声だった。

「けいじ君、何か用だった?」
「……あー、いや、その」
「いいよー? 私たち今ヒマだし」

それ以前に何で俺の名前を知っているんだ。
訊いてもどうせこっちが異端扱いされるのは沙紀(仮)の一件で判りきっていたので、私は何食わぬ顔で彼女たちに向かい合った。
つもりだった。

「けーじ君。 いま、『何でこいつらは俺の名前を知ってるんだ』って思ったでしょ」
「……沙紀(仮)、やかましい。 そしてなんで俺の考えている事が」
「かお」

どじっ娘のくせに洞察力だけは高い奴だ、と思った。

「てか、そんな事はどうでもいいんだ。 問題は――」
「よくないです。 どーせここに居るみんなの名前、知らないんでしょ」
「………」

目を逸らす。
ヤバイ、と思った。
手遅れだった。

「えー、あたしの事もわかんない? 一緒に修学旅行行ったよ?」
「………」
「私はわかるよねー。 ほら、掃除とか一緒の班だったじゃん」
「………」
「えーと……三年間同じクラスなんですけど…」
「………」

ナニコレ、何で俺がこんな気まずい思いしてるの?
何やら泣きたくなったので、全ては沙紀(仮)が悪いのだと、私は自分に言い聞かせる事にした。

「けーじ君、最低」
「……覚えてろよコノヤロウ」
「クラスメートの名前もちゃんと覚えないのが悪いんです」

きっぱりと断言され、私はそれに言い返すことができなかった。
まさか「必要のない名前なんか覚えてられるかこのバカ」、とは言い返せなかった。
いくら空気を読まない発言が得意な私でも、その発言がBADエンドへの片道切符だと言う事は理解している。
結局その後の教室では『私はなんて名前でSHOW☆』が数十分にわたって繰り広げられ、私はその場で記憶力と精神力とをほぼ極限まで削ぎ落とされる事となったのだった。

* * *

ミッションに関しては、

「沙紀(仮)」
「ん?」
「お前、スピッツ好きだろ。 そーゆー顔してる」
「ど、どーゆー顔ですかっ。 えと、うん、まぁハズレではないですけど…」
「やっぱりな。 『うめぼし』とか好きそうな顔してる」
「いきなりその曲を出してきますかっ。 てかそれってどんな顔ですかっ」

でコンプリートした事にしておいた。
少なくとも『うめぼし』が判る程度であれば、問題ないと思った。