「沙紀(仮)ちゃんに、告白した」
「…そうか」
「……振られたよ、ものの見事に」
「……そうか」

十一月中旬。
山田(仮)からの報告があった。
放課後の、ラーメン屋での事だった。

「他に好きな人が居るんだってさ…」
「………そうか」

そりゃ初耳だ。
素直な驚きの分だけ、私の反応が微かに遅れた。
そしてその僅かな隙を狙っていたかのように、山田(仮)が二の句をねじ込んできた。

「ま、その相手はお前じゃないみたいだけどなっ!」
「……待て。 貴様、沙紀(仮)に何を吹き込んだ」
「何って、沙紀(仮)ちゃんが『好きな人が居る』って言ったから、『それってけーじの事?』って訊いただけダヨ?」
「……何故そこで俺の名前が出る」
「男の勘」
「当たらねー訳だよ」

溜息を吐く。
ラーメンを啜る。
とんだ濡れ衣を着せられて、沙紀(仮)もさぞかし迷惑だっただろうと、私は思った。

「だってよ、お前ぐらいなんだって」
「何が」
「沙紀(仮)ちゃんと仲のいい男子」
「馬鹿」
「んがっ!?」

休むに似たりな下手の考えを、たった二文字で切り捨てる。
それでも何となく罵り足りなかったので私は、自分のラーメンに乗っているシナチクを山田(仮)のラーメンへと移植してやった。
嫌いなんだ、シナチク。

「仮にもあいつの事好きだったんだから、いい加減その辺は理解しろよ」
「仮にもって何だよ。 その辺って何だよ。 あ、メンマさんきゅ」
「好きな人に対して積極的になるタイプじゃねーだろ、あいつは。 想像できねーよ、そんなアクティブな沙紀(仮)」
「……言われて見れば、そうだな…」
「あいつの好きな人がもしクラス内にいるとすれば、それは『近くにいる奴』じゃない。 むしろ『意図的に距離を置いてる奴』の中の誰かだ」
「……知りたくねぇよ…そんなん」
「あんですとっ!?」

お前の余計な発言が元凶だって判って言ってんのかこのボケ。
アッタマ来たので、山田(仮)のラーメンに胡椒を投入してやった。
ついでに水も汲んでやった。

「あー! もう月曜から学校行きたくねーよー!」
「大丈夫だ。 俺は常時行きたくないと思っている」
「………」
「本当だぞ?」
「……なぁ、来週からもし沙紀(仮)ちゃんと目が合ったら、俺どうしたらいい? 無視とかマズイよな。 でも今まで通りとかマジ無理なんだけど」
「好きにすればいいだろ…」
「好きだよ! 今でも!」
「知るか!」

少しずつ、山田(仮)が壊れ始めた。
だがこの空気、嫌いではないと思う私がいた。

「少なくともあいつは、今まで通りに挨拶してくると思う。 ありえないくらいぎこちなさ全開の作り笑いとかしながら、な」
「それいい! めっちゃ可愛い!」

好きだって事がばれた。
その上、思いっきり振られた。
何も失うものがなくなった今だからこそ、山田(仮)には何もかもを楽しむ権利が与えられたのだ。
昔の偉い人は言いました。
『何にもないって事、そりゃあ何でもアリって事』
行きたい場所に行け、今のお前にはそれが可能だ。

「恋仲になり損ねた間柄ってのは、ある意味じゃ恋人同士より近い距離にいられるようになったりするもんだぜ」
「あー……判るような判らないような…」
「一緒に帰ったりできるぞ」
「マジで!」
「手は繋げないけどな」
「マジで…」
「ジュースの回し飲みとか超余裕」
「マジで!」
「キスとかできないけどな」
「マジで…」

ただ傍に居られればいいってだけなら、互いに性別を意識しないでいられる場所が一番心地良い。
気兼ねなく恋の相談されたりするポジションが、実は最も楽しかったりするのだ。
勿論その立場を満喫するためには、相手に恋心を抱いたりしない事が大前提となるのだが。

「うあー! あー! 諦めたくねーよー!」
「別に諦める必要はないだろ」
「でも……沙紀(仮)ちゃんにとっては迷惑だろ…」
「なんだ、判ってるじゃないか」
「フォローしろよ!」
「無理言うな」

いやホント、無理を言うな。

「嫌いになれとは言わない。 諦める必要もない。 好きなものは好きなまま、それはそれで別に構わないと思う」
「……ああ」
「だが、一回完璧に振られた以上、好意を表に出すのだけは絶対に避けるべきだ。 そんな事したって何も変わらないし、誰も楽しくない」
「……もう何とも思ってない。 そんな振りしなきゃいけないのか」
「できないなら、距離を置くしかないな」
「……まだ好きなのにか?」
「まだ好きだから、だろ」

困らせてやるなや、これ以上。
言葉にできない現実が、私の胸の奥で激しい腐臭を放っていた。

「………好きなんだよ…まだ……」

男の涙を見たのは、久方ぶりの事だった。
伸びてしまったラーメンは、酷くまずかった。
伸びる前から大しておいしい物でもなかった事は、この際だから気にしない事にした。

「朝まで飲もうぜ。 俺の奢りだ」
「……おう」

今日が金曜日で良かった。
明日からが連休で、助かった。

「沙紀(仮)ちゃん、可愛いよな…」
「ま、否定はしないがな」

こうして、私と云う何の役にも立たない協力ユニットを巻き込んだ山田(仮)の恋は、華々しく玉砕すると云う形で、終わりを告げた。