今は昔の物語。
まだ世界が混沌の中にあり、人々は常に平和を求めていた。
剣と魔法。
それだけが自らを護り得る全てであり、大切な人を護り得る全てだった。
魔物から。
暴君から。
そして自らを脅かす全ての存在から。
 
戦う事でしか勝ち取れない自由を人々は選び、そして争った。
人と魔との戦い。
そして時には、人と人との戦い。
多くの戦いは血と涙を多量に地面に吸わせ、その代わりに束の間の平和を人々に齎した。
 
仮にその時代を神の創った時、神創世紀と名付けるとしようか。
その始まりを、人々は語り継がれた神代の戦い『第一次神界大戦』からだと数える。
BGC(Befoer GOD Century)0028年、絶対神であるゼウディンと悪魔神サタナリゥムが戦いを始めた。
人語を絶する戦いで、七つの大陸と七つの月が砕けた。
世界が十分の八ほど破壊された頃、両軍勢は玉砕を覚悟して最後の戦いに望んだ。
BGC0001年、神は至高の武器を創りたもうた。
神剣レーヴァテイン、神槍グングニル、神弓ストラディヴァリウス、神鎚トゥールハンマー。
後世にまで名立たる神器。
四つの武器は四人の天使に与えられた。
即ちミカエル、ウリエル、ラファエル、ガブリエルである。
時を同じくし、魔王も極魔の武器を創りたもうた。
魔剣グラム、魔鑓ロンギヌス、魔弓レイザーフォーテル、魔鎚ダイオンメイス。
闇に名高き死を纏う魔具。
四つの武器は四人の魔神に与えられた。
即ち、ベルゼバブ、アシュタロス、バヌディウム、ベルガスである。
四大熾天使と四死天魔神。
熾烈を極める争いに終止符を打ったのは、大天使長ミカエル。
身を焦がす程の神的炎氣を纏い、己身を厭わずに神剣を振るう姿は正に熾天使のそれであった。
四死天魔神を失った悪魔神は、終に追い詰められ、それでもなお神軍の四分の三を焼き払い、地に臥した。
 
これが人々の語り継ぐ『第一次神界大戦』である。
此処から歴史は始まり、紡がれていく。
誰一人、この話を疑うものは居ない。
現に魔物は存在し、自分たちの身を脅かしているのだから。
 
GC0079年、十三人の黒魔導師が聖域より最も遠い洞窟で悪魔召喚を行った。
結果として召喚は成功した。
しすぎた。
下級の(とは言っても人間界においては絶大な力をもつ)魔物を召喚するための儀式だったのだが、失敗した。
いや、やっぱり成功しすぎた。
魔術が未熟だったのか、それとも卓越しすぎていたのか。
魔物召喚の儀式は何時の間にか魔界と人間界を繋ぐ時空湾曲トンネルを作ってしまったみたいで、そこから先は想像に容易い。
魔物が次々と人間界に乱入し、蹂躙の限りを尽くし始めたのだ。
幸いにして、魔界直通のトンネルは早期発見によって閉じられたので、魔神クラスの人間界進出は避けられた。
だが、やはり下級の魔物でも人間界にとっては大いなる脅威。
さらにその中には魔人クラスの奴まで居た。
統制を持たない群れと、統制された群れ(統制されている群れは既に群れとは呼べないのだが)では勝手がまったく違う。
この戦いでは全人口の七分の四が死に果てた。
戦争の終わりは一人の勇者の登場。
永遠を思わせる深い漆黒の瞳を持つ彼を人々はこう呼んだ。
『エターナルマスター』 『永遠の住人』 『黒帝(くろのみかど)』
名を、折原浩平。
四天騎士団の一つ、東天騎士団の第一部隊の一員だった彼。
最前線で戦う下級騎士が、気が付けば四天騎士団を束ねる聖天騎士団の近衛兵にまで昇進していた。
それもまた、必然。
彼の登場により、戦局は一気に人間側に有利になったのだ。
最も有名な戦いが、GC0079.10/29に実行された連邦政府一斉決起作戦。
作戦名『空の落ちる日』
鬼神の如きその戦果より、彼は17と言う異例の若さで聖天騎士団の第七師団団長に就任。
さらに最終決戦を控えた12/25。
地球連邦政府軍直轄近衛部隊【FARGO】に抜擢される
そしてGC0079.12/31。
再び開かれつつあった魔界と人間界を繋ぐ時空湾曲トンネル、通称『永遠の扉』での最終決戦。
多数の犠牲の上に、遂に浩平は第七階級魔人グロチウスを倒した。
これをもって『第一次人魔大戦』は終結を迎えた。
 
だが、人間は嫌な生き物であった。
この戦争の勇者である浩平を、一部の権力者は邪魔に思い始めたのである。
理由は簡単。
自分よりも先の大戦での功労が高く、民衆の支持も高い奴が野放しにされているのは危険だと感じたからに他ならない。
その気になれば、彼は今すぐにでも自分の支持者を集めて一大国家をも築ける所にまで来ているのだ。
邪魔に思わない訳が無い。
早急に手は打たれた。
明らかに人為的に流される噂。
『浩平は人間ではない。 奴は魔物だ』
嫌と言うほど魔物の脅威を知っている民衆は、それこそ面白いくらいに噂に踊らされた。
喉もと過ぎればなんとやら。
自分達を魔物の襲撃から救ったのは誰だったのか。
忘れていたわけではないが、それでもやはり………
GC0083 地球連邦政府軍直轄近衛部隊【FARGO】は折原浩平を国家転覆を企てた第一級大逆罪を罪状として捕獲にかかった。
浩平は憤慨した。
自分が戦ってきたのは何のためか。
自分が戦ってきたのは誰のためか。
俺は利権を貪る犬共の為にこの身を血に染めて来た訳じゃない!
戦った。
この戦いによって、本当に逆賊としての扱いを受ける事になると判っていても。
それすらも上層部の人間の思惑通りだったとしても。
浩平は戦った。
FARGOの部隊員数百名と浩平一人の戦い。
浩平を慕う女性陣がこの戦いに参加したと言う記録は残っていない。
きっと、おそらく、逆賊として戦う事になることを識っていた浩平が彼女達を巻き込む事を恐れたのであろう。
多勢に無勢。
浩平は、敗けた。
生きたまま捕らえられ、不当な裁判にかけられた浩平は投獄の身となり、幽閉されながら、人を呪った。
そしてGC0091年、獄の中で浩平は本当に魔と成り果てた。
 
脱獄、破壊、殺戮。
すぐさま浩平は第一級の犯罪者として、魔人として世界指名手配になった。
だが、世界は彼の味方をした。
彼が幽閉されていた十数年間、タクティクス連邦は人々に重税と圧制を強いてきたのだ。
得るものの無い戦争の後はいつもそう。
疲弊しきった国家は、その再建を民衆の血と肉から創り上げる他無い。
無いが、同時にそれが民衆の怒りの炎を向けられるのは、それこそ火を見るよりも明らかだった。
かくして、浩平を帝王とする人民解放戦線【ONE】とタクティクス連邦の、今度は人間同士の戦いが始まった。
『人間同士』と謳ったのは、浩平もまた人間であったから。
一度は魔に身を窶したものの、自らを慕う者達の集まりの中で次第に人としての心を取り戻してきたのだ。
それが如実に現れたのは、いよいよタクティクス連邦との総力戦をが始まろうとした日の事。
全軍に届くような――――たとえそれが物理的に不可能な事だったとしても―――奮い立つ声で浩平は叫んだ。
「確かに俺達は生まれた所も、瞳の色も、肌の色も言葉も文化も違う。
 だけど………そんな奴らが一緒に、俺と一緒に戦ってくれるなんてこれほど嬉しい事は無い。
 たった一つの幸せを得る為に、たった一つの理想の為に、俺達は今此処で一つになる事を誓おう!!
 俺達の合言葉は―――【ONE】だ」
そう言ったときの浩平の目には、最早憎しみは無かった。
側近の女性陣が彼の心の最大の拠り所となったかどうかは史実には残っていない。
在るのは、戦いは即座に終結したと言う事実のみ。
元々疲弊しきっていたタクティクス連邦は、開戦たった三ヶ月で無条件降伏の白旗を議事堂にはためかせた。
『皇帝戦争』と呼ばれるこの大戦は、後の世の国家体制の基盤となる皇帝制が確立した事でも有名である。
 
GC0187年、既に亡骸となっていた浩平の身体に異変が起こる。
(この世界では火葬は稀であり、殆どが土葬。 しかも浩平は初代皇帝であるため、木乃伊として安置されていた)
安置されていたはずの木乃伊に生気が宿り始めた。
人々(浩平の木乃伊を直に見れるほどの地位にある者限定だが)は困惑した。
初代皇帝が黄泉路より還り賜うたか、それとも………
結果として悪い方の予感が的中した。
浩平の、浩平『だった』身体は魔に乗っ取られた。
元々が人間よりもむしろ魔族に近い所為だったのか、それとも一度その身を怨恨に堕とした所為か。
あるいは『第一次人魔大戦』で浴びた、魔人の血が怨嗟を呼びこんだか。
どちらにせよ、強靭な肉体と精神を持った骸は魔の住処にはうってつけだった。
そして蘇る。
甦る。
黄泉還る。
皇帝は闇の皇帝として再び地に降り立った。
同時に『第一次人魔大戦』以来身を潜めていた亜人、魔物、暗黒魔導師もが立ち上がった。
先の人魔大戦など比ではない。
絶対的なカリスマと魔力、そして奇妙な人間臭さ。
魔であり、そして人である浩平の魅力は世界の半分の狂信的な
『人間』をも支配した。
当然の如く、当時この世界では最大の組織となっていた【ONE】の人間は当惑する。
自分達は『折原浩平』と言う人に惹かれ、そして焦がれて【ONE】を創った。
浩平と共に、新しい一つの世界を創ろうとしてきた。
それは第一線を退いた身であっても、そして次の世代に浩平の偉大さを説いてきた身においても同じ。
皆は【ONE】の理想通り、『一つ』になろうとして頑張ってきた。
それこそが生きていく意味だった。
なのに今、その【ONE】が浩平と対立しているではないか。
どうしたら良い。
何が正しい。
どうすれば自分の『正義』が見えるのだ。
明確な答えなどありはしなかった。
覇気の無い帝国軍の抵抗は弱々しく、またそれに歯止めをかけれる者も居なかった。
そしてGC0188年。
【ONE】の統治下にある小国『ミュー』の首都陥落と同時に、臨時帝国議会での総員第一級戦闘配備勧告が出された。
有史以来最大の戦乱と言われる『第二次人魔戦争』の始まりである。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
D ―――――― D.N.A ――――――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「長すぎよ」
「ぐはっ」
 
第一声でダメ出しがなされた。
今のは単なる前置きで、しかも出来得る限り口頭で簡略化した文章だったのに。
加えて、まだ物語り本編にすら入っていないと言うのに。
がっくりと肩を落す我らが相沢祐一。
どうやら先ほどまでの妄想世界史は、彼の手によるものだったらしい。
 
今は放課後、場所は教室。
文化祭を二週間後に控えた3−Bでは、一応やる事は劇と決まっているものの、その台本に関してはまったく白紙の状態だった。
白雪姫? かぐや姫? 眠れる森の美女? ロミオとジュリエット?
ふん、くだらない。
どうせやるからには今まで通りの台本を演ずるのでは面白くない。
もっと奇抜に、感動的に、かつ文学的にエスニック風味で行こうではないか。
金髪でアンテナ付きの男子生徒がそう言った。
誰もがその案に賛成したが、誰も自らが脚本を担当しようとは思わなかった。
第一エスニック風味が判らない。
物語の中にパエリヤでも登場させろと言うのか。
 
しょうがないので民主的かつ非人道的に多数決を行った。
ん? 何所が非人道的かって?
個人の意見はまったく無視で、おまけに少数派の人権すらもまったく無視される議決の仕方に人道の組する余地があるとでも?
あるわけが無い。
あったとしたら少なくとも祐一が二日間徹夜で台本を書かなくてはいけないような事態には追い込まれなかったはずである。
 
「なー、もう帰ろうぜ」
「だって文化祭まであと二週間しかないのよ?」
「二週間ありゃ十分だろうに」
「配役を決めて、大道具小道具を作って、役者の立ち位置や照明の技術指導まで含めて二週間なのよ?」
「うわ、ダル」
「他に劇をしたいなんていうクラスが無いからちゃんと体育館だって借りてあるんだから。 これで情けない舞台なんかしたら笑いものよ」
「やれやれ、誰が劇なんかしたいと言い出したのだ」
「さぁ?」
「高校生の文化祭の出し物と言ったら普通は模擬店だろう。 何所で道を誤ったんだ、俺達のクラスは」
 
あなたが転入してきた時からよ、とは言えなかった。
 
「まぁ良いんじゃない? 普通に過ごすよりは思い出に残りそうだし」
「いや、俺は普通にメイド喫茶を開きたかった」
「……それって普通なの?」
「俺が前居た学校では必ず何処かのクラスが開いていたもんだ。 あれって全国共通じゃなかったのか?」
「少なくとも……ウチの学校では見かけなかったわね」
「ま、この学校の場合、普通の制服自体がコスプレみたいなもんだからな」
「ちょっと、変なこと言わないでよ」
「いや、どう考えてもウチの学校の制服は変だ。 男子がこれだけ普通のブレザーだと言うのに、何故に女子はそこまで凝った創りをしているのだ」
「確かに……普通の高校の制服でワンピースは無いわよね」
「しかもそのケープとリボン。 ここは中世の館か何かか?」
「理事長の趣味じゃないの?」
「なるほど」
 
そこで会話が一時途切れた。
退屈じゃない沈黙。
此処だけは時間の流れが止まっているようだ。
止まっていて欲しい。
止まれ。
 
怠惰な会話が繰り広げられているが、忘れてはいけない。
文化祭はあと二週間後にやってくるのだ。
無駄にノリの良い金髪アンテナのクラスメートが作った『文化祭専用日めくりカレンダー』
日に日に薄くなっていく『それ』と祐一の精神的余裕とは、近年まれに見る正確さで顕著な正比例グラフを作り上げている。
『あと14日っ!! 二週間をきったぜボナンザ!!』
お祭り騒ぎが大好きな彼のコメントとテンションは、いつも何処か浮世離れして空回りしている。
だが、不思議と嫌いにはなれなかった。
第一嫌いだったらとうの昔に焼却炉行きになっている、あんなカレンダー。
誰だ、ボナンザ。
 
「で? そのお話しは何所からが本編なの?」
 
机の上にだらしなく投げ出された脚本を指差しながら、同様にだらしなく机に寝そべっている祐一に問う。
目だけで香里を見つめ返し、ふと思案する。
長い髪が横に流れていつもとは違う雰囲気をかもし出していた。
 
「一応は『第二次人魔大戦』の最中の話になってるんだけど」
「ふんふん」
「魔族の男と人間の娘の悲恋を描いたシリアスラブ物語だ」
「ありきたりね」
「ぐはっ」
 
祐一、二度目の撃沈。
時刻は五時半を回ろうとしていた。
 
 
 
 
 
 
* * *
 
 
 
 
 
 
「おいーっす、進んでるかー」
 
軽い掛け声と共に入ってきた金髪アンテナああもう面倒くさい、北川。
その手にはコンビニの袋が握られていた。
 
「これ、差し入れ」
「おう、さんきゅ」
 
投げられたBOSSの無糖は綺麗な放物線を描いて祐一の手に収まった。
 
「美坂は紅茶でいいか?」
「差し入れに文句を言えるほどワガママじゃないわよ」
 
そう言いながらも嬉しそうな表情は隠さない。
素直なのは良い事だ。
 
「―――で、台本は決まったのか?」
「それがさっぱり。 俺が二徹で考えた台本を二秒でダメ出しされた」
「うわ、ひでぇ」
「当然よ。 劇の前振りだけで文化祭を終わらせるつもり?」
「それは困る。 俺は栞ちゃんと文化祭を巡る約束をしているんだ」
「ちょっと北川君それどういう意味?」
 
北川の発言に美坂さんが怒る。
それもそのはず、香里は世界中の誰よりも栞の事を大切に思っているのだ。
具体的に言うと、ゲレンデが溶けるくらい。
 
「事と次第によっては……ただじゃすまないわよ」
「俺に怒るなよ。 栞ちゃんが行こうって言ったんだから」
 
ちなみに、栞が北川の事を好きとかそういう事ではない。
なかなかに策士な妹は、姉の恋愛奥手ぶりに業を煮やし、文化祭を契機に一大イベントを計画しているのだ。
 
名付けて『私と北川さんが一緒に文化祭回るって言ったらお姉ちゃんも絶対一緒に回るって言い始めるだろうから
       タイミングを見計らってとんずらして二人っきりにして後はもうお祭りの雰囲気に任せて若い男女は目くるめく情事の世界に突入です作戦』
 
壊滅的なまでにネーミングセンスが悪い。
どうやらセンスが無いのは絵画だけに留まってはいないようだ。
もちろんこの作戦には協力者はいない。
曰く、「策と言う物は己のみが有しているからのものなんです。 協力者を求めるのは弱者。 強者は一人で全てを遂行するんです」だそうだ。
かの三国時代の勇、諸葛亮孔明と並ぶほどの智謀。
事実、何も事情を説明されていない祐一までもが彼女の策に手を貸すような形で助言に入っていた。
 
「あー、香里。 そんなに心配なんだったらお前も北川等について行けばいいじゃないか」
「あたしが? 北川君と?」
「うわ、美坂すっごい嫌そうな顔」
「別に嫌って言うわけじゃないけど……」
「北川とだって考えるから良くないんだ。 栞と回ると考えろよ」
「そうね……放って置いて栞が北川君の毒牙にかけられるってのもねー」
「はっはっは、信用ゼロだな、俺」
「気にするな。 栞が絡むといつもこうだ」
「ちょっとそこ、まるであたしがシスコンみたいな言い方しないでよね」
「それじゃまるで香里がシスコンじゃないみたいな言い方だな」
「美坂、安心しろ。 世界の何所に出しても恥ずかしくないほどのシスコンぶりだ」
「………」
「ゴメンナサイ モウイイマセン」
 
無言の圧力に負けた北川が謝る。
それを傍で見ながら、祐一はもう一度自分の書いたシナリオに目を通していた。
 
「そんなにダメかなー」
「話自体は良いかも知れないけど、前置きが長いんだってば」
「あんなので長いなんて言われたら本編はどうなるんだ」
「どうなるんだ?」
「取りあえず400字詰めの原稿用紙で800枚以上にはなると思う」
「却下」
 
世界最速でダメ出しが成された。
 
「800枚ってあなたドストエフスキーにでもなる気?」
「互いに相反する正義と信念、種族の違いが生む悲劇と葛藤、人間の生き方を根本から考え直させるこの台本は800枚でも足りないくらいだ」
「何所の誰がそんな大作を書けって言ったのよ」
「此処のこいつが」
 
びしっと北川を指す。
 
「さすが相沢。 俺の期待通りの作品を書いてくれたようだな」
「この作品の良さを判ってくれるのはお前だけだぜ、マイフレンド」
「当たり前だろう? 俺達は一心同体。 二人で一人じゃないか」
「おぉ、って事は俺はお前なんだな?」
「そうとも、そして俺もお前だ。 わっはっはっは!!!!」
「どわっはっはっは!!!!」
「……頭痛くなってきた……」
 
楽しそうに笑う声と、困惑しきった声が混ざり合い、この教室は今日も概ね平和だった。
 
 
 
 
 
 
* * *
 
 
 
 
 
 
嵐の前の静けさ。
そんなものは学校には通用しない。
嵐がおこる前だからこそ騒ぐのだ。
嵐の最中も騒ぐのだ。
嵐が終わっても騒ぐのだ。
そんな無駄に熱い信念を持っている若い奴らは、やはり祭りを控えたこの時期も騒がしいのであった。
 
何所の教室からかは判らないが、聞こえてくる笑い声。
雄叫び。
そしてQEENの「伝説のチャンピオン」
きっと今ごろはノリの良くてむさ苦しい野郎どもが右手を天に突き出しながら歌っている事であろう。
 
「……喧しいな」
「それが祭りってもんさ、なぁ美坂」
「あなた達は年中騒がしいけどね」
 
呆れたように。
だけど楽しそうに香里が言う。
 
「ま、それもあと少しだな……」
「相沢君?」
「文化祭が終わったら受験。 そして卒業。 こんなに馬鹿やってられるのもあと少しなんだろうな」
「おいおい、急にしんみりすんなよ」
「いや、なんか最近そう思う事が増えてさ。 バラバラになるってやっぱ寂しいもんがあるなってさ」
「……だな」
「北川はどこ受験するんだ?」
「俺は美大。 神奈川の方に行くつもり。 相沢は?」
「俺は教育学。 一応はこの町から離れない……予定」
「美坂は?」
「私も教育学系統よ。 相沢君とは違う学校だけど」
「なんだよ、やっぱりみんなバラバラになるのか……」
 
少し落ち込み気味で話す祐一。
それにつられて北川の表情にもどこか翳りが見え始めた。
今までが楽しかっただけに、これから先が想像つかない。
きっと始まってしまえばそれが日常になるのだろうけども、それもやはり寂しいものがあった。
 
「卒業、したくねーな」
「頑張れば可能だろ?」
「何が」
「卒業しない事が」
「どーやって」
「三、四期末テストで両方0点取ればいい」
「アホ、それじゃ意味無いだろ。 俺が言いたい事は―――」
「……知ってて言ったさ」
「……そっか」
「たいした事じゃないわよ」
「「んあ?」」
 
二人の声がハモった。
そして二人同時に香里を見る。
自分達としては結構真剣に、かつ愁いを帯びた話をしていたのに、たいした事じゃないと。
しかも本当にたいした事じゃなさげに話す。
何処か投げやりっぽく。
どこかからかうように。
 
「醒めてるなぁ、香里」
「クールビューティーもそこまでいくと雪女だぞ」
「取りあえず北川君シャラップ」
「イエッサ」
 
びしっと敬礼。
 
「…で? たいした事無いってのはどういう意味だ?」
「言葉どおりよ」
「そんなに俺らと離れるのがどうでもいいって事か?」
 
それだとしたら少し、相当寂しい。
俺がこの町に来てから今まで、本当に親友だと呼べるほど仲良くなったと思っていたのに。
その思いは独りよがりだったのか。
香里にとって、俺はただの名雪の従兄弟でしかなかったのか。
目に見えて落ち込む祐一。
香里はそんな祐一の感情を察したかのようにくすっと笑い、優しい声で詠うように
 
「どうせ何も変らないわよ、あたしたち」
 
たった一言、呟いた。
祐一はその表情に一瞬だけ見とれ、だけれどもまだ納得いかないような表情を見せる。
 
「どうせって……」
「何所に行っても、何をしてても、会えばまたいつだって元通りよ。 だって仲間でしょ? 青臭い台詞だけど」
「……そう、だな」
「ほーら、いつまでも暗い顔してないの。 時間だって残り少ないんだからね」
「おうっ!」
 
 
 
 
 
 
* * *
 
 
 
 
 
 
「さて、と。 それじゃあ相沢君、その物語の配役もちゃんと考えてきてね」
「おう?」
 
先ほどまでは長すぎて駄目だとか言って無かったですかい?
そんな目を香里に向けると、案の定『判ってるわよ』の視線が返って来た。
 
「公演は一般公開の日一回きり。 今日からほぼ毎日徹夜で練習。 そしてそれを皆に承諾させるのも相沢君の役目だからね」
「な、なんですとぉ?」
「だっはっは、キツイ役目だな相沢」
「学校に泊り込みの許可を取るのだけはあたしがしてあげるわ」
 
曰く、この学校は文化祭前の二日間だけ泊りを許可しているらしく、それならば多少その期間を延長する事も可能だろう、との事だ。
いやはや、なんともまぁ普通のカテゴリから外れた学校だこと。
 
「みんなからのブーイングは必至よ。 頑張ってね」
「頑張れよ」
「はっはっは北川。 さっき言ったよな、『俺はお前でお前は俺だ』」
「うむ、確かに」
「つまりブーイングを食らうのも罵倒を受けるのもお前って事だ」
「な、なんですとぉ?」
「ま、そこら辺の折り合いは二人で仲良くつけてね。 あたしは一足先に帰るから」
「ちょい待てって、俺も帰るからさ」
「じゃあ俺も帰るかな」
「いいわよ別について来なくても」
 
セリフとは裏腹、楽しそうな笑顔。
正直なのは良い事だ。
 
 
 
 
 
 
どこかの教室から笑い声が聞こえてくる。
どこかの教室から炎のファイターが聞こえてくる。
どこかの教室から――――――――
 
そんな、文化祭をあと14日後に控えた日の放課後。

















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後書き

「(D)どうせ (N)何も変わらないわよ (A)あたしたち」→「D.N.A」
「(D)何所に行っても、(N)何をしてても、(A)会えばまたいつだって元通りよ」→「D.N.A」
「(D)だって (N)仲間でしょ? (A)青臭い台詞だけど」→「D.N.A」
以上、説明終わり。
 
一応、『B.B.S』の世界と繋がっていたり。