「きったねー! 起き攻めに下段配置と中段覚醒同時かよ!」
「ふっふっふ、ズルイ卑怯は敗者の戯言だよ北川君」
「ねー、ヒマー」
「ぐあっ! 硬直解ける1フレーム後の最速コマンド投げかっ!」
「人間の反射神経の限界を越えた者のみが使える妙技だよ相沢君」
「ヒマヒマー」
「オイ! その固めはどう考えてもバグだろ!!」
「システムの盲点をついた俺の日々の研鑚を称えたまえ北川君」
「ヒマだって言ってんでしょアホ二匹ー!!!」
 
どがんがんっっ!!
 
「ぐあっ!」
「うわっ!」
 
格ゲーをやっている最中に後ろから殴られると言うのは、ある意味脳にとっては反則技である。
視覚領域のみで捕らえていた画像としての格闘画面情報。
だのにその範囲を越えて突如身に降りかかる現実としての痛み。
ゲーム画面のダメージが現実(リアル)になるなんて、不意打ちも良いとこだ。
 
「こら真琴。 少なくとも格ゲーをやってるときは打撃技はやめれ」
「ヒマだって言ってんのに無視するからよう」
「あー、真琴ちゃんもやる?」
「うんっ」
 
嬉々としてコントローラーを握る。
輝く笑顔が愛らしい。
 
「よーし、祐一なんかコテンパンだからねー」
「よーし、俺も真琴なんかに負けないぞー」
 
ああ、家族って良いなぁ。
北川は漠然とそう思った。
子供っぽい真琴ちゃんの言葉に、柄にも無く相沢も調子を合わせている。
テレビゲームが家族間の溝を深めるなんてとんでもない言いがかりだ。
現にこうやって仲睦まじくゲームをする二人の姿があるじゃないか。
うーん、家族って……
 
「うおらぁ!!」
ガンガンさくっドカンぶしゃっぐさっサクサクぶしゃうぼードゲシッざくざく!
「ああー!」
『K.O』
「ふん、他愛もない」
 
鬼。
北川の脳裏をそんな漢字が脳裏をよぎった。
開始と同時にダッシュ。
キック>斬り>前パンチ(吹っ飛ばし効果)>強斬り>しゃがみ強斬り(浮かせ効果)>ジャンプ斬り>ジャンプ斬り>ジャンプ強斬り>必殺技>蹴り落とし>追い討ち
真琴ちゃん、何も出来ずに気絶に追いこまれる。
相沢、ここぞとばかりに即死技発動。
開始から10秒と経たずに真琴ちゃんのキャラが死に追いこまれた。
いくらなんでもそこまでやるのはどうかと思うぞ、マイフレンド。
 
「おにっ! あくまっ! えだじまへいはちっ!」
「ちょっと待て、最後のは何だ最後のは」
 
祐一は思う。
真琴は俺に宇宙空間を泳げとでも言うのだろうか。
ふんどし一枚で。
 
「もうこのゲームやだー! くそげーよくそげー!」
「何? この斬新なシステム満載の格ゲーの頂点とも言える『ジャワティー ジャワ ギガガバス(JJGG)』をクソゲーだと?」
「ちょーくそげー!! クソゲー白書に殿堂入りよっ!」
「真琴ちゃん、このゲームを某武士道ゲームと一緒の列に置くのは勘弁してくれないか?」
「何も出来ずに即死するって点では一緒じゃない! 一撃で殺されない分だけこっちの方が腹が立つわよう!」
「わーかった判った。 じゃあ何がやりたいんだ?」
「えっとね……『ぽよぽよ』がいいっ」
「はいはい、ぽよぽよな」
 
 
『ふぁいやー あいすすとーむ だいあきゅーと ぶれいんだむど じゅげむ ばよえーん ばよえーん ばよえーん ばy―――――
「うわっはっはっは!」
「え、えだじまぁのばかぁ―――――――!!!」
 
だから何故に江田島平八だ。
祐一はまたもそう思った。
俺に宇宙空間を泳げと言うのか。
ふんどし一枚で。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ―――――― 江田島平八は宇宙空間を泳ぐか ―――――――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
と、言う訳で俺達はゲーセンにいる。
何? はしょりすぎ?
判った判った、ちゃんと説明してやる。
ちなみに俺は北川だからそこんとこよろしく。
 
この春、相沢は大学に入った事をきっかけとして一人暮しを始めた。
市内にある安アパートの一室がそれ。
水瀬は泣いて止めたらしいが、それでも相沢は家を出た。
曰く、「いつまでも居候はちょっとな……」
確かに居候の身分では(水瀬の母さんはそんな事を気にしたりしないだろうが)何かと肩身が狭いだろう。
加えて、俺も遊びに行きにくい。
今日だってそうだ。
昨日の夜(金曜)からぶっ続けで呑み、騒ぎ、ゲームに興じ、結局寝たのが朝の五時。
そっから遊びに来た真琴ちゃんに叩き起こされる午後二時まで寝っぱなし。
起きてからも寝癖そのままでゲームに没頭していると言う生活スタイルだ。
水瀬ん家では死んでも出来ないって言うかしたくない。
 
で、アパートのドアを開けた真琴ちゃんに開口一発「こーの典型的ダメ大学生がー!」って怒られて、渋々シャワーを浴びた。
先に相沢、続いて俺。
サッパリしてシャワー室から出ていったら、真琴ちゃんに胴回し回転蹴りを入れられた。
「ズボンぐらいはけー!!」とか言っていた。
なるほど、相沢一人なら兎も角真琴ちゃんが居る前でトランクス一丁とは軽率だったと反省。
ふと見ると、床には相沢が、トランクスの状態で倒れていた。
追伸、胴回しの時に見えたストライプのぱんつが可愛かった。
 
昼飯としてカップラーメンを食おうとしたらまた怒られた。
「アンタ達ねー、『ふせっせい』もいい所じゃないのよ」、と。
しょうがないので煙草を吸おうとしたら、加えた一本を瞬麗な蹴りで吹っ飛ばされた。
どうやら煙草の煙がキライらしい。
追伸、ストライプのぱんつが丸見えだった。
 
やる事が無くなってしまったので、相沢と再びゲームに興じ始めた。
十分ぐらい経っただろうか、不意に台所から良い匂いがし始めたので振り向く。
若奥様が居た。
普段は両で結っている髪を纏めて上げて、フリルのついたエプロンを。
かなり短いスカートに丈の長いエプロンをしているので、下を着ていない様にも見えて微妙にセクシーだった。
あー、俺の主観は置いといて、とにかくそんな真琴ちゃんが居た。
「ご飯」 食べる?
「是非!」 頂きます。
飢えた野獣の如く、俺と相沢は真琴ちゃんの作ったご飯を貪った。
美味しかった。
ただ一つ気になる事は、オムライスにケチャップで相沢にはハートが、俺のには目玉の親父が描かれていた事だ。
人種差別か?
 
飯を食った後俺達は再びゲームに立ち戻り、そんなこんなで冒頭文に至り、悪魔のぽよぽよ連鎖を受けた真琴ちゃんが半泣きで家を飛び出していってしまった。
慌てて追いかけて行ったら、「なーんで祐一が追いかけて来ないのよー!!」の台詞と共にフランケンシュタイナーを決められた。
追伸、ストライプのぱんつに、って言うかもう『そのもの』に顔が埋められた。
柔らかかった、とだけ言っておこう。
 
未だぷんむくれな真琴ちゃんを宥めすかし、出不精の相沢を説得し、双方の案を足して2で割った場所としてゲーセンに行く事になった。
以上、説明終わり。
 
 
 
 
 
 
* * *
 
 
 
 
 
 
「てめー! ゲーセンでそのループはご法度だぞ!」
「早々とサイクを使ったお前が悪い! おとなしく死ね!」
「ひまー」
『蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻!!』
「ぐあっ! まさかそこで『蟻の巣に居るのはいつだって蟻』を使うとはっ!」
「はっはっは! 騙されおったな!」
「ひーまーだーよー」
『鯔鯔鯔鯔鯔鯔鯔鯔鯔鯔!!』
「ぐあっ! 今度は『ボラのヤツは成長したってボラ』かよっ!」
「ふっ、モーションが同じだから気付くまい」
「なーんで同じ事を繰り返すかなこの馬鹿にひきー!!」
 
ごがっ!(祐一が殴られた)
たったったった(対戦台の反対側に回った)
ばきっ!(北川が殴られた)
 
「あがっ!」
「のわっ!」
 
殴られた。
一切の手加減と言う感情を廃棄したと思われる非情な拳で。
 
「家でもおんなじゲームやってたじゃない! アンタ達には他にする事は無いのっ!?」
「馬鹿を言うな真琴。 これは家でやっていたヤツの改良版、『ジャワティー ジャワ ギガガバス ♯BILOAD』だぞ」
「何よその『びろーど』って」
「ポルトガル語で『ガラス』の意味だよ。 ビー玉も『ビロード玉』の略語なんだ」
「ほー、なるほどーじゃなくっ! しかも今の技ってどう見ても無駄無駄じゃない!」
「だー! それは禁句だぞ真琴!」
「ボラボラにアリアリ? それだってパクリじゃないのよ!」
「か、カタカナで言っちゃ駄目だ真琴ちゃん!」
 
元ネタが完全にばれてしまう。
そんな事になったらヒロヒコ先生がご立腹だ。
 
「アレやろー、あれー」
「あー? エアホッケー?」
「良いんじゃないか? あれなら真琴ちゃんも出来るし」
「ねっ、やろっ」
「判った判った。 判ったから袖を引っ張るな」
 
ちゃりーん
 
「えー、それではただいまより相沢VS真琴ちゃんのエアホッケー時間無制限7点先取一本勝負を始めます」
「よろしくお願いします」
「へいへい」
 
ちゃんと挨拶をする真琴ちゃんに対し、いかにもやる気なさげな相沢。
ま、下手に本気になられるよりも良いかもな。
多少手を抜いて相手した方が真琴ちゃんも楽しめるだろうし。
実はそこら辺のトコもちゃんと考えてやってるのかな、相沢のや―――――
 
「うおらぁっ!!!」
ばっきゃこーん!
「わ、わーっ」
 
訂正、相沢はやっぱり鬼です。
人間の反射神経の限界を遥かに凌駕した速度で打ち出されるパック。
反応どころか目で追うのすらやっとだ。
第三者の視点でそれなのだから、実際に対峙している真琴ちゃんの状況は推して知るべし。
 
「あ」
 
っと言う間に6対〇。
すでに真琴ちゃんは涙目になっている。
可哀想に。
だが、試合は非情にも進む。
相沢マッチポイントで、真琴ちゃんパック。
 
「てやー!」
ぱこんっ
 
ああ、終わった。
そんなへろっとしたサーブでは相沢の餌食でしかない。
と、思った瞬間。
信じられない光景が俺の目に飛び込んできた。
 
「よっ!」
かきゃっ!
 
そう、相沢が加減して返したのだ。
今までの目にも止まらぬ速度ではない。
早いには早いが、対応できない速度ではない。
しかも球筋は真っ直ぐ。
壁への反射も無いので、真琴ちゃんも十分に対応できた。
 
「えいっ!」
ぱきゃっ!
 
真琴ちゃんが今日放った中で、恐らくは最高の速度のパックが打ち出された。
相沢の撃ったパックの反動も上乗せされた良い球だ。
これだよこれ。
こんなラリーを真琴ちゃんは求めて――――――
 
「ぬぅおりゃぁ!!!」
どばっきゃーーーん!!!
 
傍から見ていた俺の目にも止まらなかった。
ただ、7-0と表示されているゲーム本体のディスプレイから何とか相沢が勝ったという事だけは判断できる。
 
「ふっふっふ、これぞ力石VS矢吹の壮絶な戦いに終止符を打った恐るべき技。 『トリプルカウンター』だ!」
「あ、あの伝説的な技か!」
「そう、矢吹の左ストレートに対して繰り出された力石の左カウンター。 それを切り返すべくして放たれた矢吹のライトクロス!」
「それをさらにかわして尚且つ、矢吹の顎を捕らえたラストのアッパーカット。 そうか、そう言う事か」
 
何故相沢が真琴ちゃんのサーブを軽く返してあげたか。
それは優しさゆえの事ではなかった。
むしろまったくの真逆。
最後にして最高の結末を迎えようとしていた悪魔の如き相沢の姦計でしかなかったのだ。
悲しいかな、手頃な速度で返って来たパックを真琴ちゃんは力いっぱい撃ち返してしまった。
その力がそのまま相沢のフィニッシュに使われてしまうとも知らずに。
……悪魔だな、相沢。
 
「…………」
 
ふと見ると、真琴ちゃんは下を向いて肩を震わせていた。
怒りに打ち震えている様にも見えたが、その考えは一瞬で払拭される。
 
「っ……ひぅっ………ふぅっ……」
 
唇をかみ締め、首の筋肉が痙攣するほど嗚咽を我慢し、だけど真琴ちゃんは泣いていた。
ゲーセンの騒音が、何故かまったく耳に入らない。
聞こえて来るのは、ただ、しゃくりあげる真琴ちゃんの吐息。
 
「……ぇる」
 
恐らく『帰る』と言ったのだろう。
俺の静止の声も完全に無視して、真琴ちゃんは走り去る。
追いかけようとする俺に対し、相沢はその場から動こうとはしない。
少し、その表情に後悔と自責の念が見て取れたが、そんなんじゃ真琴ちゃんの涙には値しない。
俺は真琴ちゃんを追うために走った。
相沢に捨て台詞を残しながら。
 
「この冷血漢! 人でなし! 江田島平八!」
 
真琴ちゃんがうつったらしい。
 
 
 
 
 
 
* * *
 
 
 
 
 
俺が追いついた時には真琴ちゃんはもう泣き止んでいた。
もちろん、嘘泣きなんかじゃなかった事は赤く晴れた目の下が雄弁に物語っていたのだったが。
 
「あーあ、真琴も北川みたいな人を好きになってたら良かったのになー」
 
夕暮れの街並みを歩く真琴ちゃんが、不意にポツリと呟いた。
少し驚いて真琴ちゃんの方を向いたのと、真琴ちゃんが静かな笑顔で俺を見るのとはほぼ同時だった。
夕日に透けるツインテール。
膝丈のデニム生地のスカートから伸びた、細くしなやかな脚。
何時の間にこんなにも女性らしくなっていたのだろうか。
どちらかと言えば『美人』よりも『可愛い』と言ったイメージが強かったのに。
 
「本気か?」
「さー、どうだか?」
「……ってか、そりゃ無理だろ。 真琴ちゃんが相沢以外を好きになるなんて」
「そうかな? 以外と北川と付き合っても合うかもよ?」
「無理だね。 見てりゃ判るさ」
「んー、そんなにかなー」
「ああ。 きっと真琴ちゃんには相沢じゃなきゃ駄目なんだよ」
「だってあんなに意地悪なんだよ?」
「そりゃ否定できない」
「意地悪だし、口も悪いし、目付きも悪いし、思いやりが無いし、デリカシーも無いし―――――――
「だけど真琴ちゃんはそんな相沢だからこそ好きなんだろ?」
「んー………ん」
 
頬を染め、こくっと頷く。
可愛いじゃないかコンチクショウ。
 
そっからはしばらく無言の時が流れた。
太陽は自分の業務、日本の北の街を照らす仕事にばよならをして、更に西の人々に光を与えるために逃げ去っていった。
つまり、夜。
街灯が灯り、住宅街の窓からは光が零れ、空には月が顔を出し始めた。
ただ、歩く。
時折鳴る鈴の音に耳を傾けながら。
 
程無くして水瀬家についた。
相沢の居ない水瀬家って、なんか想像できないんだけどな。
 
「とーちゃくー」
「今日はお疲れ様だったな、真琴ちゃん」
 
それはもう色々と。
 
「北川こそお疲れ様」
「ん?」
「家、まったく逆方向なのにここまで送ってきてくれたでしょ」
「………気付いてたんか」
「あのねー、北川は損して生きるタイプだよ?」
「そうか?」
「優しさがさりげなさすぎ。 そんなんじゃ何時まで経っても好きな人と両思いになれないぞ」
「……痛いトコ突くなぁ」
「恋は戦争。 ルールも倫理観も持ってちゃ駄目なのよ」
 
少女漫画で読んだ知識だろうか。
それとも相沢に想いを寄せる3人が同居している生活の中で培った真理だろうか。
それは俺には判断できかねる事だった。
だが、
 
「ルールも倫理観も無用だが、戦略は必要だぜ」
「せんりゃく?」
「押しても駄目なら引いてみろってヤツだ。 特に相沢みたいな飄々としてるヤツ相手にはな」
「……引いたらそのまま帰って来れないような気がする」
「そうかな? 真琴ちゃんが思うよりも、意外と相沢は手が届く所に居るかもしれないぜ?」
「ほんと?」
「確かめたいか?」
「うんっ」
 
勢い良く頷く真琴ちゃんの肩に、俺は優しく手を置く。
少し戸惑う真琴ちゃんの瞳を真摯に見つめ、顎に手を掛け、上を向かせる。
「あ、あの」とか言いながら顔を真っ赤にする真琴ちゃん。
 
「目、閉じないで」
「と、閉じないの? マンガではキスの時は閉じるって。 って言うかえ? へ? キス? えぇ?」
 
錯乱している様子が可愛い。
俺とキスすることは本意ではないだろうに、それでも緊張のあまりに顔を背けれないで居る。
やべ、ホントに可愛い。
 
「多分、あと2秒くらい」
「え? 何が――――――――
「うおらぁっ!」
 
怒声。
跳躍。
飛び蹴り。
 
完結に、かつ客観的に状況を説明すると以下の様になる。
『真琴にキスしようとしていた北川がその後頭部を何者かに飛び蹴りされてもんどりうって転がりながら燃えるゴミの山に突っ込んだ』
 
もんどりうって地面を転がっていく北川。
受身を取り損ねて、背中をもろに地面に打ちつけて呼吸困難に陥っている祐一。
何が起こったのかを把握できず、ただただ祐一と北川を交互に見ることしか出来なくなっている真琴。
三者三様と言う言葉がぴったりだった。
 
「きたっ……ゆう? 蹴り? えぇ?」
 
俺を見て、相沢を見て、また俺を見て。
何がなんだか判らないまでも、どうやら相沢が俺を蹴ったと言う事だけは理解できた様子だ。
 
「なにやってんのよ祐一! そもそも何でここに居るのよ!」
 
そして、怒る。
俺のために怒ってくれているのだろうから、その思いは非常にありがたい。
だが、今ここで真琴ちゃんが怒るのは駄目だ。
だって
 
「泣きながら走ってった真琴ちゃんが心配で後をつけてきたんだろ、相沢」
「なっ! 違うぞ、断じて違う」
「祐一……ホント?」
「そして、俺が真琴ちゃんにキスしそうになったのを見て、嫉妬心が爆発して俺に蹴りを食らわせた、と」
「誤解だ! 誤報だ! 誤認捜査で冤罪だ!」
「祐一が……真琴のために」
 
素直じゃないのもいい加減にしろ。
なんでこの俺が相沢の恋路の手助けの為に蹴られなくてはならんのだ。
しかも燃えるゴミに頭から突っ込んでまで。
 
「言っただろ? 相沢は意外と手が届きそうな所に居るって」
「まさか……真琴にその事を教える為に、その為に蹴られたの?」
「一応はフェミニストでね。 女の娘が泣くのを、出来れば見たくはない性分なんだ」
 
言ってみて、自分でも本当にキザだと思う。
しかし、これが偽らざる本音だと言うのも事実。
事実だが、恥ずかしい事には変わりは無い。
 
「じゃ、そーゆー事で。 お幸せにな」
 
未だ自分の所業を認めたがらない相沢と、その相沢の本心に触れて感動している真琴ちゃんを置いて、俺は逃げるようにその場を立ち去る。
これまたキザだと自分で思った。
もっとも、これはキザのためにやっているのではなくて純粋に自分の発言が恥ずかしくなったからのことだが。
 
「あ、ありがとねー!」
 
背後から真琴ちゃんの声が聞こえてきた。
すっげー幸せそうな声だった。
そりゃそうだ。
今までが今までだったからな。
 
とか思いつつ、実際は妙に寂しい気持ちになったりしている自分が居たりする。
まさか真琴ちゃんに慕情を抱いていた訳じゃない。
ただ、『そこ』にあった―――この場合で言えば真琴ちゃんの笑顔だったり存在だったりする訳だが―――それが明確に『誰かのモノ』になってしまった事が、少し、寂しかった。
自分のものにしたかった訳じゃない。
相沢とくっついて欲しくないとか思ってた訳じゃない。
そんな訳じゃないけど………少しだけ。
 
ポケットから携帯を取り出し、メモリの中から番号を選ぶ。
ぼんやり浮かぶ液晶の中に映し出された名前。
ただ、声が聴きたくなった。
何の迷いも無く発信ボタンを押して、それから数秒後。
今は遠く離れた雪の振らない街で大学生活を送っている親友の声が、電波の所為で多少機械っぽくなっていたが、それでも変わらぬ雰囲気で俺の耳に流れ込んだ。
 
『もしもし? 北川君?』
「なぁ美坂。 江田島平八って本当に宇宙空間を泳げたのかな?」












 











____________________________________________________________



後書き


リバーシブルもラグビーもドッヂボールも、全部語源は中国だって知ってました?