「ねぇ祐一」
「んー? どしたー?」
「真琴の肉まん知らなーい?」
「”真琴の肉”まん? いきなり何グロい事を」
「言ってない」
「ダンボール」
「入ってない」
「……あー、原材料の産地とか使用されている調味料の詳細な内訳とかだったら、その答えは『知らない』になるけ…ど…」
「………」
「………」
でんでろりん♪
無言で俺を睥睨する真琴の瞳に、俺は死亡フラグの立った音を確かに聞いた気がした。
やべ、馬鹿なこと言うんじゃなかった。
「ああそう。 なら、言い方を変えるわ」
「あの、いや、その……」
「労働の対価として得た賃金を支払う事により、資本主義経済に則った形で正式に真琴の所有物となった、まさに血と汗と涙の結晶の肉まん。
それを横から掠め取るような真似をした品性下劣で思慮分別のない、悪鬼羅刹のような史上最低レベルのファッキン犯罪者の行方を、祐一は、知らない?」
「あ、あう、あうあう……」
およそ『好意的な感情』と云う物が既に電子顕微鏡レベルですら発見できない、液体窒素も驚きの極低温ヴォイス。
怒りを通り越して呆れを飛び越えてまた怒りに戻ってくるとこんな感じになるのかと、俺はまた一つ世界の真理について詳しくなったのだった。
無論、ちっとも嬉しくないのだが。
「でも真琴も悪魔じゃないし? 正直に自分の罪を告白して悔い改める事ができる人だった場合、情状酌量の余地を見止めてあげる事もやぶさかではないんだけどなー」
「……あ、あのー」
「よく言うじゃない? 『海よりも広い心』って。 最近の真琴はあの言葉に感銘を受けてて、多少の事ならそれこそ潮流の如き勢いで水に流してあげようと思ってるんだけどなー」
なんかうまい事を言いながら、チラチラと俺の顔を見やる真琴。
どうやら俺の事を完全に犯人だと確信した上で、それでもなお自白させようと云う魂胆らしかった。
ちなみに。
素直に正直に自分の罪を告白しておくと、真琴の肉まんを喰ったのは確かに俺である。
理由はもちろん単純明快、「とてもお腹がすいていたから」。
真琴を困らせてやるためだけに盗み食いをするだなんて、幾ら何でも俺はそこまで鬼畜ではない。
しかし件(くだん)の肉まんを手にした時の俺は、「これはひょっとして真琴の肉まんなんじゃないか」と、薄々ではあるが気が付いていたのだった。
言うなれば、誤用ではありながらも今では立派な市民権を得ている意味での、別に『自分が正しい』と確信している方じゃない意味での『確信犯』。
罪を罪と知りながらも罪を犯した身勝手極まりない犯人には、俺の脳内法廷では既に有罪判決が下っている。
情状酌量の余地なんて、肉まんの包み紙をくしゃくしゃに丸めた分ぐらいすら存在していなかった。
だが、真琴法廷に照らし合わせてみればどうか。
『海よりも広い心』とやらで、ひょっとしたら許してもらえるのではないか。
完全無罪とはいかないまでも、執行猶予ぐらいはつくんじゃないだろうか。
一縷の望みをやたらと腰の低い言葉に託し、俺は真琴裁判長にお伺いの言葉を立ててみた。
「あ、あのー、真琴さん?」
「ん? どしたの祐一」
「ちなみに真琴さんの言う”海よりも広い心”ってのは、具体的にはどの辺りの海を想定してるんですか?」
「千代大海」
言い切られた。
言葉と瞳に躊躇いの気配なんか欠片も存在してなかったし、ギャグとして言っている素振りだって微塵も感じられなかった。
間違いない。
コイツは本気で言っている。
せめて「瀬戸内海」とでも言ってもらえれば「狭くないですか!?」ぐらいの突っ込みもできただろうに、よりにもよって「千代大海」。
『相沢祐一、享年17。 死因、突っ張り』
そんな感じのモノローグが上空に出現し、どえらい腰の回転を加えたシャドー張り手をしている真琴の姿が、その文言に悲壮なまでの真実味を与える。
『突っ張る事が男のたった一つの勲章だ』って昔の偉い人が言っていたはずだが、さすがの偉い人でも突っ張られて死ぬ事までは想定していないはずだった。
いやそれにしても、随分と腰のキレが良いですなぁ、相撲取りとは似ても似つかぬ華奢なボディーの真琴さんや。
「トイレには行った?」
「……へ?」
「歯は磨いた?」
「いや、あの、ま、まこ――?」
「部屋の隅で膝を抱えてガタガタ震えながら、信じてもいない神様に向かってお祈りをする準備はできたかって聞いてるのよ!!」
すわ、これがあの可愛らしい真琴の見せる表情であるか。
夜叉とも般若とも形容できぬ怒りの形相でこちらに歩を進める真琴の姿は、比喩表現抜きで普段とは別人のようなオーラを発していた。
吐く息の擬音は「フシュー!」、もしくは「ゴハアァァ!」が妥当だろうか。
ひょっとしてコレが噂の狐憑きかと思ってはみたものの、真琴はそもそも妖狐の一族である以上、憑かれるよりかはむしろ憑く方が専門分野はなずであって。
とは言え「憑くのは良いけど憑かれちゃイカン」なんて戒律が妖弧世界に存在しているかと問われれば、「知りませんゴメンナサイ」としか言えないのが現状な訳であって。
恐怖で混乱した思考が逃げ道を求め、ようやっとの事で「コレはきっと怒りの余りの先祖返りに違いない」と云う結論に達した頃。
荒ぶる同居人にリビングの片隅へと追いやられた俺は、真琴のソレとはまた別の意味で先祖の下へと返らされようとしていた。
無論、暴力的な意味で。
「安心してね、祐一。 月命日にはちゃんとお参りしてあげるから」
ズシャァッ!
「祐一の、だぁ――――――――――――い好きな肉まんも、お供えしてあげるからね」
ズシャァッ!!
およそ女の娘の歩く音とは思えない擬音が、俺の脳内にて自動再生される。
それは恐らく生命レベルでの危険を察知した本能が勝手に脳内補完した、一種の幻聴だったのだろう。
「危ない者が迫っている!」
「デンジャー! デンジャー!」
そんな感じで宿主に即時撤退を求める、無意識からのEC(エマージェンシー
コール)。
危険察知に優れた人間のみが有している、問答無用の第六感(シックスセンス)。
しかし目の前の少女の危険度がステージX【クリティカル】に至ってるだなんて事は、わざわざSEを脳内合成されるまでもなく重々分かり切っている訳で。
むしろ今現在の宿主様は、その勝手に鳴り響いているおどろおどろしいSEのせいで腰が抜けかけている訳で。
普段から無意味な事ばかりに心血を注いで生きている宿主の俺が言うのもなんだが、お前ら少しは自重しろと。
場を弁えろと。
そんな事をしても、天国のあいつは喜ばないと。
薄暗い部屋の片隅でガタガタ震えながら、居もしない『天国のあいつ』に縋りつく。
常であれば窮地に陥るほど冷静になっていく俺の思考が、今はちっともクールになってくれない。
主人格が望んでいないにも拘らず圧倒的なクオリティで恐怖感を演出する俺の無意識は、実の所その主人格をこそ排除すべき対象として考えているのかもしれなかった。
ちなみに今現在のBGMは、かの有名な映画『STAR
WARS』より、ダース・ヴェイダーのテーマとも言われている『帝国のマーチ』。
でーでーでー でっででー でっででー。
助けてスカイウォーカー。